どこまでの失敗が許されるのか

同社がこういう仕組みをとっている背景には、宮本さんご自身の若いころの経験があります。

宮本さんの祖父でキングジムの創業者でもある宮本英太郎さんは、もともと材木商でした。英太郎さんが名簿や印鑑簿を束ねるファイルを開発して文房具メーカーを創業し、日本有数のファイルメーカーになったという歴史を持っています。宮本さんもそのDNAを間違いなく受け継いでいたのでしょう。

宮本さんが30代で、専務だった当時、パソコンが普及し、世間では「これからは紙の使用量が減るのではないか」と言われはじめていました。「紙が減れば、ファイルも売れなくなるかもしれない」という危機感から、宮本さんはデジタル文具の開発に着手しました。

とはいえ、いきなりファイルと無関係のものを開発するのでは、リスクが高すぎます。これまでの事業との連続性を維持しながら、ファイルとデジタルの世界をつなぐ方法を考えて生まれたのが、ラベルライターの「テプラ」でした。それまで手書きだったファイルの背表紙を、印字ラベルで美しくするという発想です。

しかし当時、ファイルの販売が好調だったこともあり、テプラの開発に対しては、社内の幹部たちからかなり反対があったそうです。それにもかかわらず開発を続けられたのは、当時の社長(宮本さんのお父様)の合意があったからでした。

宮本さんが「テプラが失敗した場合は、経常利益の半分を失うことになる」と社長に報告したところ、「まだファイルの売上は安定している。経常利益を半分失ったくらいで、会社が傾くことはない」と後押ししてくださったそうです。