「ROEを上げろ」という投資家の声は、
聞かなくてもよい

 ただ近年、そのような慎重で堅実な経営に対して異論が出てきました。企業の自己資本利益率、いわゆるROEを重視する、アメリカを中心とする投資家たちから、「そのような経営はおかしい」という意見が生じてきたのです。自己資本に対し、いくらの利益が出たのかというROEを重視する投資家から見れば、いくら高い利益率を誇ろうとも、内部留保を蓄え、自己資本が大きければ大きいほど、「それだけの自己資本を使って、これだけの利益しか出なかったのか」と、投資効率が悪いという判断を下すのです。

 そのため、多くの経営者が「ROEを上げなければならない」と考え、せっかくの内部留保を使って、企業買収や設備投資をしたり、自社株を購入したりして自己資本を小さくし、短期的に利益の極大化を図る経営に努めていきました。そうすれば、ROEは高い値になっていき、アメリカ型の資本主義では、優秀な経営という評価をもらうことができます。

 京セラの経営陣も、米国やヨーロッパで投資家向けの説明会を開催しますと、必ずと言っていいほど、「京セラは利益率こそ高いが、自己資本があまりに大きく、ROEが低い。こんなに利益を貯め込んでどうするのか。投資やM&Aをしたり、株主還元をしたりするなど、もっと利益を使ってチャレンジングな経営を行うべきだ。それがわれわれ投資家の要望である」と言われるそうです。私はそのような報告を受けるたびに、「そんな投資家の言うとおりには、一切しなくていい」と言い続けています。

経営者にとって、ROEよりも大切にすべきものとは?(写真はイメージです)

 現在の「ROEが高い企業が良い企業だ」ということが経営の常識になっている中にあっては、私の言っていることは暴論なのかもしれません。しかし、その現在の常識とは、あくまでも短期的な視点から企業を見たときの尺度でしかないと、私は考えています。買った株は株価が上がったらすぐに売ればよいと考えている投資家からすれば、確かにROEは高いほうがよいのです。しかし、長期にわたる企業の繁栄を図ろうとするわれわれにしてみれば、企業の安定が何よりも大切です。いかなる不況が押し寄せてきても十分に耐えていけるだけの備えが、どうしても必要になるのです。

 このようなことから、私はかねて慎重に経営の舵取りを行い、その結果として、高収益の経営を目指し、さらには営々と内部留保を蓄積していくことに努めてきました。これこそが不況に備える経営であると同時に、景気変動を克服し、企業を長期に繁栄に導く経営であると、固く信じています。「そのような経営では、会社は大きくなりはしない」と周囲の人に言われ続けても、慎重で堅実な経営を続けてきたからこそ、多くの企業が淘汰されていく中にあって、京セラは幾多の経済変動を乗り越え、半世紀にもわたり、成長発展を続けることができているのです。

『稲盛和夫経営講演選集 第4巻 繁栄する企業の経営手法』、「経済変動を乗り越え、成長発展を持続する経営」より抜粋