「不満」を掘り下げると、アイデアが生まれる
そんなある日、こんな疑問を持ちました。
「そもそも、なぜ財布を持ち歩く必要があるのか?」
そして、ハッと気づいたのです。
要するに、「自分が自分であること」を証明できないからだ、と。
どういうことか?銀行口座には自分のお金が入っています。しかし、その銀行口座を所有している「林要」という人物と、今、お店のレジでお金を支払おうとしている僕が、「同じ人間である」ことを証明することができない。だから、お金という現物を持ち歩くしかないわけです。
カードもそう。自分が、カード会社に登録している「林要」という人物と同一人物であることを証明するために、カードを持ち歩いている。鍵だって同じ。鍵という物体を持っていることが、家主である「林要」と自分が同一人物であることの証明になるわけです。
つまり、「お金」「カード」「鍵」などの物体に頼らずに、自分が自分であることの証明ができれば、これらはすべて不要になるということ。だったら、自分の身体を使えばいい。生体認証は銀行でも使われている。あれをもっと手軽に、かつ安全に使う技術を考案すれば、僕の不満は綺麗さっぱり解消されます。しかも、世の中の絶対多数の人々も、意識しているかどうかは別にして、同じような不満は感じているはずだと思ったのです。
ここに、ゼロイチがある──。
そうにらんだ僕は、既存の認証技術の問題を検討して、それを解決するための特許を出願。それをビジネスプランに落とし込んで、ソフトバンクアカデミアでプレゼンすることにしました。人前に立つのが苦手な僕は、いつもプレゼンを苦にしていましたが、このときは、自分の切実な感情から出発した企画でしたから、実感を込めて話すことができました。そして、孫正義校長も身を乗り出して聞き入ってくださり、事業化検討案件にも選んでいただけたのです。
もっとも、このビジネスプランそのものは、初期投資が巨額になることもあって、会社としての実行は断念。しかし、このプレゼンがソフトバンクアカデミアで上位入賞したことで、自分の肌感覚から出た不満や違和感をもとにした事業プランが、いかに人々の共感を得るかを実感。市場分析をもとにした・コンサル的・な事業提案との威力の違いを肌で知ることができました。