衝突・軋轢を求めている人はいません。誰だって、波風の立たない恵まれた職場環境で働きたいと願っています。しかし、波風の立たない組織は、すでに根っこから腐り始めている。特に、ゼロイチを生み出すためには、最も不適な環境と言ってもいいでしょう。そんな組織にしないためには、どうすればいいのか?トヨタとソフトバンクで世間が注目する「ゼロイチ」のプロジェクトで結果を出してきた、Pepper元開発リーダー・林要さんは、自ら「場を乱すナマズになろう」と考えてきたといいます。どういうことか?その真意を、著作『ゼロイチ』から抜粋してご紹介します。
なぜ、ヴェルサイユの鯉はブクブクに太ってしまったか?
F1でドイツに赴任していたころに、面白い話を聞いたことがあります。
ヴェルサイユ宮殿の鯉の話です。
昔、ヴェルサイユ宮殿の庭の池には、美しい鯉がたくさん泳いでいました。そして、貴族たちは、優雅に泳ぐ鯉の姿を楽しんでいました。しかし、あるとき、鳥が鯉を食べるのを目撃した人々は、大事な鯉を守るために防護網を設置。そのほかにも、鯉が安心して泳げる環境にするために、池の中に手を加えていったのです。
ところが、なぜか鯉が泳がなくなったそうです。いつも岩陰でじっとエサを待つだけ。そして、あっという間に、運動不足でブクブクに太った醜い姿になり果てたのです。昔の優雅な姿を偲んで、「最近の鯉は……」と囁かれていたそうです。
どうすれば、鯉がかつての美しい姿を取り戻すのだろう?
人々は、あれこれと試行錯誤。なかなか効果が出なかったのですが、あるとき、ある方法によって劇的に効果が上がったそうです。これが、非常に面白い。
なんと、鯉の天敵であるナマズを一匹、池に放したのです。すると、その瞬間からナマズを警戒して、鯉が必死で泳ぐようになった。そして、ほどなく、かつての美しい姿を取り戻したのです。人々は鯉を大事に思うがゆえに、環境を整備して天敵を排除したのですが、それが、結果として鯉を醜い姿に変えてしまったのです。鯉が健全で美しくあるためには、天敵の存在が不可欠だったということです。
これは、人間の組織にも当てはまることではないでしょうか?たとえば、あるベンチャー企業がヒット商品をつくり出して、一定の成功をおさめたとします。すると、その商品を安定的、かつ高品質に供給し続けるために、設備の充実や業務の標準化などが図られます。多くの社員を採用するために、人事制度や福利厚生も充実させるでしょう。そうして環境が整備され、事業も安定するわけです。
しかし、一方で、多くの場合、”ヴェルサイユの池”のような状況が生まれる反作用も生じます。かつて、創業メンバーがヒット商品を生み出すために、激論をかわしながら、昼夜を問わず必死に働き続けた「企業文化」は影を潜めます。そして、事業を効率的・安定的に進めることが第一義になり、決められたプロセスを遵守することが最重要と考える人々が増え始めます。
しかも、事業の安定化のプロセスではミスをなくす仕組みづくりに力を注がれるがゆえに、いつの間にか失敗しないことが優秀さの証にさえなってしまう。自然と、失敗するリスクの高いゼロイチにチャレンジする動機も失われていくのです。