被災者の心に寄り添えない報道はしたくない:相手を理解するには、自分を理解してもらうことが大切

ムーギー 和の文化もご自身が勉強し身を持って感じられたことを松尾さんは伝えられているわけですが、2004年の新潟県中越地震、2005年に九州を襲った台風14号や、2011年の東北地方太平洋沖地震などでも松尾さんはすぐに現地に入って活動されています。そうした現場に足を運ぶ報道姿勢はどこから生まれたものなのでしょう?現場に足を運ぶアナウンサーとしての姿勢、被災者に寄り添うこと、その後のボランティア活動にまでつながっているものは何かを教えていただければ。

松尾 そうですね、3.11のときも被災地に入って悩んだんです。報道する側、伝える側として自分たちのやってることがちゃんと被災者の方に役に立ってるのか自信がなくて。

ムーギー それは、どうして?

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松尾 なんだろう、ちゃんと被災者の方に寄り添えているんだろうかというのがわからなくなったんですね。避難所からリポートするときも、本当にみなさんの気持ちを理解できているのか。プライバシーを傷つけてはいないだろうかとか、色々なことを考えてしまって。

 お伝えするという意味で言えば役割は果たしていたと思うんですよ。でも私の中では、もっとやれることがあるとずっと思っていました。それで自分の足りなかった部分を補う意味でも、その後ボランティアで通ったんです。それには短時間足を運んだだけではできない。なるべくたくさんの気持ちを理解したいなと思って、できるだけ寄り添いたいということを考えるようになりました。

ムーギー 被災者の本当の気持ちを理解して、それを伝えることが自分のやるべき本当の仕事なんだと。

松尾 そういうことなんですよね。それが代弁できるようになるまで、こちらも理解して相手にも理解してもらってということをやっていました。

ムーギー 被災者の方にも自分を理解してもらうというのは、どういうことですか?

松尾 私が理解するだけじゃなくて相手にも心を開いていただかないと寄り添うことはできないんですよね。

ムーギー 心を開いてもらうためには何が大切だったのでしょう?

松尾こっちも真剣なんだってわかってもらう。皆さんのことを理解して伝えたいって真剣に思ってるんだということですね。ただ単に仕事だから来ているのではなくて、ちゃんと寄り添う気持ちでここにいるんだと伝えて理解してもらうことが必要でした。

ムーギー ボランティア活動をされているのもその思いは同じであると。

松尾 そうですね。一緒に泥かきをしたり。

ムーギー 泥かきですか……。松尾さんと泥かきって、なんだかイメージにないですが(笑)。

松尾 そんなことないですよ(笑)。一緒に汗を流して。本当に地道にその場にいる人の力になることをしたいって思ったんですね。ただ、それは私のよくないところでもあるかもしれないんですけど。

ムーギー え、それはどうして?

松尾 もっとうまくできる方法もあるかもしれないって思うんです。キムさんなら、いろんなかたちでたくさんの人を動員できるかもしれないですし。でも私にできることは地道に寄り添うこと何かを伝えるうえで相手の気持ちを本当に理解できているというのは基本ですから。

「失敗を受け入れること」が人を大きく育てる

ムーギー そんな松尾さんの姿を見て、アナウンサーを目指したいと思われる人も少なくないと思うんですが、松尾さんが「一流のアナウンサー」に近づくためにどんなことを日々学ばれてるのか教えていただけますか?

松尾 環境から学ばせてもらっているものも大きいんですよ。テレビ朝日で働いている人たちは、皆さん人柄がいいというか。人間味があって。

ムーギー それは、取材場所のここがテレビ朝日で、隣に広報の方が座ってらっしゃるから、ということではなく?

松尾 ではなくて(笑)。本当にみんなちゃんと向き合ってくれるんです。あとアナウンス部の後輩を見てても努力家で、自分の努力の限界がすごく高いんですよ。私が漢字検定の勉強で壁にぶつかって、ちょっと諦めかけたときも後輩が「お言葉ですが先輩、それはまだまだ努力が足りないんです」とはっきり言ってくれたり。

ムーギー なるほど。

松尾 面接のときでも、本当に真摯に向き合ってくれましたし。入社試験のときのこと、本当に今でも忘れられないんですが、私、泣いちゃったんですよ。カメラテストというのがあって、実際のニュース映像を見ながらその場でしゃべらないといけないんです。

 そのときのVTRが2000年の三宅島噴火での全島避難の映像で、緊張していたのと島民の皆さんの辛い様子に感極まったのとで頭が真っ白になってしまって。アナウンサーの試験としては完全に失敗なのに、それでも採用していただいたのは、その失敗の部分を見るのではなく私の人間の部分を見ていただいたのかなと。

ムーギー なるほど、テレビ朝日さんは、採用試験の面接で、失敗の裏にある、本質的な適性を見てくれたんですね。『一流の育て方』のアンケート調査で書いていただいた方もそうですし、今回の連載で一流のビジネスリーダーに話を聞く中でもそうなんですが、人を育てるうえで何が大切かというと「失敗を受け入れることだ」という方が非常に多いんです。チャレンジする中で失敗から学ぶことを奨励することが人を育てることにつながると、皆さんおっしゃるわけです。

松尾 そうですよね。私もあとから、入社試験のときに面接官だった先輩から聞いたんですが、「カメラの前でちゃんと伝えられなかったのは失敗だったけど、それ以上に伝えたいという気持ちの強さが見えて、だからこそうまく伝えられない歯がゆさがいいかたちで伝わってきたんだよ」と。「きっとうちに入れば色々なことを伝えてくれるんじゃないかって、ほかの面接官も感じたんだと思うよ」って言っていただけたのは嬉しかったですね。

ムーギー 大変心あたたまる話を聞かせてもらいました。最後に、コミュニケーションのプロの世界で15年近くお仕事をされてきて、人に伝えることやコミュニケーションに悩んでいるビジネスパーソンに、アドバイスがあればいただけますか?

松尾 そうですね、まずは「これを伝えたい」という気持ちだと思います。どうしても「うまく話そう」という気持ちが前に出てしまうものなんですが、それより「自分はこれを伝えたいんだ」というものをちゃんと持つことが大事じゃないでしょうか。

ムーギー まさに、ビジネスの世界でも同じですね。プレゼンテーションでも、どううまく伝えるかばかりに考えが行きがちですから。

松尾 せっかくいいことを伝えようとしているのに、それが伝わらなかったらもったいないですものね。それがいかに楽しいことだったり、大切なことだったりっていうのは、まず伝える側の情熱や想いがどれだけ出ているかによると思います。

ムーギー 本日は松尾さんから、コミュニケーションのプロであるアナウンサーのあり方について多くのことを学びました。特に「何かを伝えるうえで相手の気持ちを本当に理解できていることが基本」というポイントは、『一流の育て方』の第四章、「コミュニケーション能力の育て方」で最も重点的に議論されていることでもあります。

 松尾さんのモットーである「今、世の中で起こっていることを視聴者の人たちと分かち合いながら一歩一歩確実に進んでいきたい」という言葉にもあるように、やはりまず自分が相手を理解し、相手からも理解してもらうことが大事なんですね。子育てでも人材育成でも、そこは共通しています。

 ぜひ、これからも素敵な声と笑顔で、いろいろ大切なことを発信してもらいたいと思います。今日は本当にありがとうございました。