トヨタ自動車で、現場のエンジニアとしてゼロイチの実績を積んだ林要さん。しかし、「職人」にとどまる限り、自分が思い描くゼロイチを実現することができないことに気づいた林さんは、トヨタ自動車で量販車のマネジメントに挑戦しましたが、苦戦。そこで、リーダーシップを学ぶために孫正義氏の後継者育成機関である「ソフトバンクアカデミア」に外部生として参加したのがきっかけとなり、孫正義氏からPepperの開発リーダーを任されることになりました。しかし、そこで孫氏を激怒させてしまったそうです。なぜか?そして、その叱責から学んだ「仕事でいちばん大切なこと」とは何か?林要さんの著書『ゼロイチ』から、その「学び」を抜粋してご紹介します。

孫正義氏を激怒させたPepper元開発リーダーが、<br />その叱責に学んだ「仕事でいちばん大切なこと」孫正義氏と林要氏のツーショット写真。林氏がソフトバンク退職挨拶に訪れたときの一枚(林氏のFacebookより転載)

 

ゼロイチで必ずぶつかる「ジレンマ」がある

 僕は「職人肌」の人間です。
「モノをつくっていたい」「モノに触れていたい」という願望が強い。そして、ひとりでモノづくりに没入しているのが好きなのです。だから、トヨタ自動車でいちエンジニアとして「職人的」にゼロイチをめざすのは、最高に充実した生活でした。このまま「職人として生きていきたい」という思いもありました。 

 しかし、徐々にジレンマも感じるようになっていきました。
 トヨタF1にいたときのことです。僕は、空気力学のエンジニアとして、日々、0.01秒でもタイムを縮めるために知恵を絞っていました。こだわったのは、ゼロイチのアイデアであること。トヨタはF1の新参者ですから、フェラーリなどの歴史ある強豪チームに勝つためには、彼らの模倣をしているだけでは足りない。どのチームも「改善」はしているのだから、それを超えたアイデアでなければ、彼らを上回ることなどできないからです。

 そして幸運にも、僕が考案した部品を実戦投入するたびに入賞することができました。しかし、あくまで単発の好成績。その次のレースでは他のチームも追いついてきますので、1年間を通して勝ち続けるのは至難のワザ。やがて、トップチームとのカベの厚さを痛感させられるようになりました。

 ジレンマを感じるようになったのは、そのころです。
 僕が担当しているのは、空気力学という一分野。しかし、この一分野は単にそれだけで完結するわけではありません。車の周りを流れる空気をデザインするとは、車全体のデザインをイメージすることにほかなりません。逆に言えば、全体のデザインによって空気力学的にも制約を受けるということ。だから、理想的な空気力学を実現するだけでは、他の性能が出なくなるために、やはり勝てません。

 つまり、トータルのプロデュースが必要なのです。そして、そのために試行錯誤するなかで、僕なりの「勝てるレースカー」の全体的なイメージが必然的に出来上がっていったのです。

 ところが、僕はあくまでいちエンジニアにすぎません。何度も、上司に「全体の設計思想を変えるべきだ」と訴えましたが、そんな若造の、自分の立場をわきまえない、業務分掌の範囲を超えたアイデアをまともにとりあってはくれません。それは、技術のトップであるチーフエンジニアの仕事そのものだったのです。

 これがつらかった。そして、悟りました。自分が正しいと思う仕事をするためには、「一職人」の立場にとどまっていてはダメだ、と。ヒト・モノ・カネの差配に影響力をもつマネジメントの立場にならなければ、限定的なゼロイチしか実現できない。当時、30歳前後の僕が、遅ればせながら痛烈に学んだことでした。