発行体の倒産事例として忘れることができない銘柄という「日本航空」。本連載では、『入門 社債のすべて』より、具体的なケーススタディを挙げながら、社債投資で注意すべき視点を紹介していきます。2回目は日本航空です。その倒産劇は各所で報じられてきたため詳細には言及しませんが、市場参加者の目線で振り返り、投資家は倒産をいかに見通したのか追っていきます。
当時の日本航空は長期的な業績不振にあえいでおり、格付が低迷し、公募社債の発行もできない状態が継続していました。その結果、債券市場は日本航空の経営不振を十分に織り込む時間があり、かつ既存の社債の償還が進んでいたことから、実際に倒産したときには社債の残高も残りわずかで、資本市場への影響は非常に限定的でした。
日本航空のクレジットリスクに関して、市場では連日話題となっていましたが、当時の市場参加者が判断に最も悩んだのは、国が関与して法的な倒産を回避するのか、しないのかという読みでした。
日本航空はクレジットリスク分析において、政府から暗黙のうちに受けるサポートの影響が、特に重要な銘柄でした。当時も、日本航空が特殊法人としてスタートしたことや、ナショナルフラッグキャリア(一国を代表する航空会社)であったこと、地方赤字路線の開設・維持に地元選出の政治家と相応の利害関係が絡んでいるのではないかとの推測が働いたことなどから、法的に処理することは実務的には不可能である、と考えるのが市場の常識となっていたのです。
しかし、2009年に民主党が政権をとって以降、政府支援のあり方についての市場の見方が不透明となりました。地方赤字路線を誘致した地元の大物政治家はいまや与党ではなく、それどころか、議員バッチすらつけていない人が多数いるというありさまでした。
最終的に法的処理となった日本航空のクレジットリスクをとることによって利益をあげることは、果たして可能だったのでしょうか。
こうした政治動向を読む必要がある銘柄の投資に際して、ファンダメンタルズの分析から投資方針を決めるアプローチはまず機能しません。単純に教科書的な分析をする限り「倒産する可能性が高い」というごく当たり前の分析結果が出ます。しかし、だからといって倒産を前提とした投資スタンスをとるのも危険すぎます。ゼネコンをはじめ、ファンダメンタルズでは存続が到底不可能と見られた会社が、政府の力によって延命されゾンビ化した例も枚挙にいとまがありません。
また、どの金融商品に投資するかという点も、非常に悩ましい問題です。通常であれば、対象企業が倒産した場合は、最初に毀損するのが株式で、次が無担保債権、優先されるのが担保などによって保全されている債権になります。企業のクレジットリスクが高まってくれば、当然、先の順番で価格の低下が発生するはずです。しかし、本来的には倒産すべき会社であっても政府の都合で倒産させない──たとえば大型倒産はときの政権のイメージ悪化につながるため、政府が望まないという選択も十分にありえます。
そうなると、無担保債権は満額償還され、株式も100%減資によって全損となる事態が避けられ、将来的な上昇余地も残されることになってしまいます。実質的に経営が破綻した企業も、通常の法的倒産処理が行われるのと、政府や銀行主導で私的整理がなされる場合とで、無担保社債の運命は極端に変わることになります。
日本航空も、一部の債権者のみが損失を被る私的整理であれば、社債が100%弁済されることも可能でした。しかし、実際に発生した法的整理では87%の損失となりました。このようなペイオフ(勝ちなら100%弁済、負けなら13%弁済)となる投資で勝負するのは、博打性が高くなりすぎます。日本航空の場合、ときの政権が民主党だったこともあり、どのような判断をするか合理的に予想することが極めて困難でした。ファンダメンタルズが悪く、倒産回避に政府の強いサポートが欠かせない銘柄において、政府のサポート度合いに確信がもてないときは投資すべきではありません。日本航空でも、ハイイールド投資のプロたちは社債の価格が下がっても満期までの期間が長い債券には投資しませんでした。
ただし、倒産を前提として倒産時の回収率を予測し、その価格で投資する場合は話が別です。たとえば、日本航空の債券が、流通市場に12円で売りに出されていたらどうでしょうか。買値が12円であれば、もし額面で償還されれば、投資金額が8倍以上になって戻ってきます。倒産しても13%は戻ってきますので、損失はほとんど発生しません。つまり、倒産してもしなくても損しない、かつ生き延びれば大儲けできるゲームになります。これは一見、素晴らしい投資手法に思えますが、それほど低い売値で債券を売却してくれる親切な投資家は、そういるものではないのが実情で、そこまで楽なゲームが実現するチャンスはかなり少ないといえます。実際には額面の半分以下くらいで投資するのかしないのかの判断することになります。
「倒産する」側に賭ける判断基準の難しさ
では、倒産前の日本航空のクレジットリスクに投資して、収益をあげる方法はあったのでしょうか。日本航空に関しては最終的に法的に倒産しているため、結果論だけいえばクレジットショート、つまり倒産する側に賭けた投資家が勝ったはずです。では、日本航空が倒産するほうに賭けることは、可能だったのでしょうか。さらに、倒産したとしても、最終的な回収率がいくらになるかを当てないことには、収益化できません。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の場合、いくらプロテクションを買っていても、倒産した会社の回収率が非常に高く、プロテクション費用がCDSの行使による利益を上回わってしまうと利益がでません。この点について例を挙げて考えてみましょう。
仮に、日本航空のCDSのスプレッドが額面の20%として、クレジットイベントが発生し、CDSの売り手に債券を手渡し、額面100%のお金をもらったとしても、債券を引き渡すために市場から調達した価格が82円だとすれば、差し引き2円の損失となってしまいます。日本航空のCDSのスプレッドは長い間、9%程度で推移していました。変化が起きたのは2009年10月20日前後で、そのあたりで日本航空の再建案として、企業再生支援機構が法的整理を指向し始めた、という報道がなされたためです。
国が正式に法的整理の方向で調整を始めたと報じられたにもかかわらず、CDSのスプレッドは急騰せず、30%程度にとどまったのはなぜだったのでしょうか。理由の一つとして、法的整理に移行したとしても、無担保債権の回収率が十分に高い、と市場が予想したということが考えられます。日本航空の場合は、仮に法的整理となったとしても事前調整型で、飛行機の運航継続に支障をきたさないように、一般の債権者がもつ債権は高い回収率が見込まれると考えても不思議ではありません。とはいえ、法的整理になったにもかかわらず、無担保債権の回収率が70%以上になると考えることはさすがに楽観的に過ぎるため、市場関係者の多くは「政府が法的整理を示唆しているのは銀行団に圧力をかけるためで、最終的には銀行団の巨額の債権放棄による私的整理で着地し、その結果として社債は無傷で償還される可能性が高い」と考えたのではないかと思われます。
また、30%で取引が成立したということは、その値段でプロテクションを売ってもいい、と考えた市場参加者がいたということです。これは、国が法的処理を示唆しているにもかかわらず、額面の30%をプレミアムとして受け取っただけで、全損になりかねないリスクを新規にとるとは思えません。これについては、かつてプレミアムがまだ安かった(日本航空の信用力が高かった)タイミングで、CDSを保有していた投資家が利食いのために売却した可能性が考えられます。もし私的整理となって社債が無傷で済めば、払ったプレミアムが全損となってしまいます。そうなる前に、30%で利食えるタイミングで利益を確定してしまいたいと考える投資家がいても、不思議はありません。
このような状況下で、最終的にどのような政治決着をみるか予想することはほぼ不可能です。経済合理性からだけでは判断できないとなれば、プレミアムが安かったタイミングでCDSを買い、プレミアム分の損失覚悟で保有し続ける方法もあります。ただし、その場合も、年率10%ものネガティブキャリー(保険料を支払っているので、時間の経過とともに損失が発生する、債券保有期間中は金利を払ってもらえるのと反対)を抱えるのはクレジット投資としてはあまりにも効率が悪い、といわざるを得ません。
結局、ファンダメンタルズが悪い企業のクレジットリスクを、定性的な理由によって政府等の介入により法的に回避される可能性があるような銘柄の場合には、政府の意向に対して確固たる自信がない限り、合理的なリスクテイクはできません。銘柄によってはきちんと情報収集して冷静に分析すれば、政府やメインバンクが確実に支援することが合理的に推測できる銘柄もあります。ヘッジファンドが投資するのもそういった銘柄です。いくら債券価格が下落して安く買う事ができるとしても、ファンダメンタルズが悪く政府の意向に対して確固たる自信がない場合は、投資対象としない、とするのが正しい投資スタンスであるといわざるをえないのです。
※本連載の内容および意見は筆者個人によるもので、筆者の所属する企業・団体などの意見を代表するものではありません。