十数年前のことだ。
当時の経済産業省の課長補佐と、補償の上限について議論した。
「600億円では足りないでしょう。無限責任に変えなくていいのですか」
私は、10年以上前からヨーロッパの研究者たちと議論を重ね、基本的に補償は、免責のない青天井の保険でカバーすべきだと考えている。現在までに無限責任保険に踏み込んだ国はないが、海外では電力会社が賄えない部分を国が補填する仕組みがはっきりしている。日本では、それさえも明確になっていない。
経産省の課長補佐は、私にこう言い放った。
「飯田さん、原子力損害賠償法に基づく損害賠償保険の上限は600億円になっていますが、事実上、電力会社は無限責任なんです」
法律の条文に、そんなことは一言も書かれていない。経産省の官僚がこうした曲解をはばかりもなく明言するほど、この法律は曖昧なまま放置されてきたのである。
今回の賠償スキームを考えるうえで、最も根本にある問題はこの曖昧さだ。
事故は起こらない。だから曖昧でも誰も困らない。補償の上限、免責の適用基準、実質的に無限責任の電力会社を倒産させるのか。すべてが曖昧なために、事故が起こってから即座に補償の手続きに入ることができない。
そればかりか、官僚や銀行に密室で談合させる余地を生む原因にもなった。
東電の資産売却が先決
不足分は「原発埋蔵金」で賄うべき
ただし、補償の上限が曖昧だからといって、現段階でそこに議論を集めてはならない。負担する順序を明確にするのが先決だ。
まずは、東電の資産を可能な限り売却する必要がある。
原子力損害賠償法が極めて曖昧なので、東電を倒産まで追い込むかは、はっきりしない。しかし、大震災発生から現在までの経緯を冷静に分析すると、組織事故や人災的な側面ははっきりしている。損害賠償金の原資は、国民の税金に手を付ける前に、東電自身が倒産するまで吐き出すべきである。
東電が整理される事態になれば、銀行の債権と株式、社債の扱いが問題となる。私は融資と株式に関しては全額債権放棄で良いと考えている。今回の事故で、企業の破たん処理の原則を変える必要性は認められない。
多くの専門家が指摘するように、国内の社債市場の8%近くを占める東電社債が紙くずになると、金融不安を招く怖れは確かに否定できない。安定供給のための新会社と旧東電の社債を1:0.8で交換する、といった救済策はあっても良いだろう。