戦略の要諦は、差別化である。差別化とは、ライバルとの違いを出すことではなく、“圧倒的にズバ抜けて”、“顧客に一目置かれること”である。シリコンバレーでなくとも、そんな例はたくさんある。人手不足の清掃業界が大化け! さびれた町が駐車場で復活! 銀行なのに顧客に愛される! 米有名ビジネス誌の凄腕エディターが取材しまくって見つけたユニークな事例の一部を、『圧倒的な強さを築く オンリーワン差別化戦略』から無料公開する。
大切なのは、学校で学ばないこと
――知恵、機転、起業家精神
最高のアイデアは予想もしなかった場所からやって来る。それを引き出すために最高の仕事をするリーダーこそが、最も優れた結果を生み出すリーダーなのだ。
その好例が、ミネソタ州ウィノナ(人口2万8000人)の静かな町にある「ファステナル」である。知名度はほとんどないが、長期的に目覚ましい業績をあげ続けている。数年前、『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』が、1987年10月の「ブラックマンデー」以降の25年間を追ったところ、国内最高の優良株は、アップルでもマイクロソフトでもバークシャー・ハサウェイでもなかった。ミルウォーキーから北西へ車で4時間、ミシシッピ川の河岸に本社を置くファステナルだったのだ。
これほどの高収益を、どのような最先端分野で上げているのだろうか。ソフトウェアか、バイオテクノロジーか。いや違う。産業用部品を供給する、国内随一の巨大企業だ。ナットやボルト、切削工具や安全装置、照明器具などの部品を、工場や建設現場に届けている。建設や石油採掘現場、自動車工場で特殊なボルトや部品が必要になったとき、同社は命綱となる。製造中止のものでも代わりに作ってくれるだろう。世界中に11の工場を持ち、留め金具から北極でのエネルギー資源の掘削・採鉱・製造に必要なものまで、あらゆる部品を作ることができる。「入手できない部品を入手します」というのが、ファステナルの決め台詞だ。
目立つ存在ではないが、顧客の必需品を作っている。大都市から僻地まで約2700店舗を持ち、大勢の従業員が働く大企業でもある。オンラインカタログには無数の多様な商品が並ぶ。各地の工場や倉庫、建設現場には、「完全にカスタマイズされ、自動化されたファステナルストア」が6万以上設置されている。切削器具、安全装置、あらゆる産業部品のハイテク自販機だ。つまり同社は、経済のいたるところに存在する流通拠点ということになる。
多数の地点で様々なチャネルを通して多様な製品を提供する「圧倒的な到達力」が、目覚ましい成果をもたらしている。『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』によれば、同社の株価はブラックマンデーから25年で3万8565%上昇した。マイクロソフトは1万%、アップルは5542%だ。
もちろん上がり続ける株など存在せず、ここ数年はファステナルも、建設市場の世界的停滞、エネルギー部門の急激な価格暴落にあおりを受けている。それでも1987年10月に1万ドル相当のファステナル株を購入した投資家は、2015年10月に300万ドル相当を所有していたはずだ。なお、1987年8月のIPOの時点で従業員は250名、収益は2000万ドルだったが、2015年には従業員1万8500名、収益は37億ドルにまで増えている。
私はミネソタ州ウィノナを訪れ、快進撃の背後に潜む貴重な教訓を理解した。最初に話を聞いたのは幹部のリー・ヘインとゲリー・ポリプニックだ。2人が同社に加わったのは1980年代半ばである。IPO以前で、わずか50人の従業員が一握りの店舗で働いていたという。2人は各地の店舗で働き、やがて経営幹部となる。ポリプニックは2016年1月、ファステナルのeコマース部門を担うFASTソリューションズの取締役副社長となった。ヘインは様々な役職を経験し、近年は販売担当上級副社長の地位にある。
ファステナルの成功にとって最も重要なもので、部外者には理解しにくいものは何かと尋ねてみた。「私が一番重要だと考えるのは、人です」とヘインは答えた。「事業に対する情熱を解き放つこと、期待以上のことをやれるように取り組むことです。これは考え方や姿勢の問題です。自分が経営する会社であるかのようにビジネスに関わること。従業員を信頼して問題解決や決断を任せれば、奇跡が起こるのです。それが成功の秘訣です」。
最前線の従業員に意欲や情熱を持たせることは、ファステナルにとって倉庫や流通施設と同じように大切なのだ。