「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう?ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。
現場というものは、複雑怪奇な「生き物」である
リーダーが恐れなければならないもの——。
そのひとつがリポートです。特に、本社のエリートや“切れ者”の外部コンサルタントが、現場の問題を解決するためにまとめた理路整然としたリポートには要注意。理路整然としているがために、「なるほど、そういうことだったのか」と膝を打ちそうになる。「こうすれば、こうなる」と非の打ちどころのないロジックが展開されているので、「すぐに実行せよ」と言いたくなる。しかし、往々にして、そこに大きな落とし穴があるのです。
なぜか?
理由はシンプル。現場というものは、実に多くの要素が複雑に絡み合いながら動いている「生き物」のようなものだからです。その「生き物」が抱えている問題の真因を見極めるのは、非常に難しいことであり、さらにそれを言語的に説明し尽くすのはほぼ不可能といってもいいほど難しいことなのです。
しかも、その問題を改善する方法も「ああすれば、こうなる」的なシンプルなものではないケースが大半。そもそも、簡単にできるのであれば、現場の力でさっさと解決しています。「あっちを変えれば、こっちがおかしくなる」といった問題が絡み合う、きわめて難解なパズルのようなものだからこそうまくいかないのです。
しかも、現場で働いているのは人間ですから、誤った“手術”をすれば、人間関係が崩壊して危機的な状況に陥るリスクが常にある。だから、あまりに乱暴な手術には慎重にならざるをえないことが多い。人間関係は職場のインフラ。これを壊すことは一瞬でできますが、修復するには気の遠くなるほどの時間と労力が必要ですから、慎重になるのは当然のことなのです。
だからこそ、現場から上がってくるリポートは、どうしたって歯切れの悪いものになりがちです。これは、現場スタッフの能力不足のせいではなく、現場というものが複雑怪奇であることに起因するのです。その複雑さに誠実に向き合えば、そこに深い「悩み」「迷い」などが生じないほうがおかしいのです。
むしろ、本社のエリートや外部コンサルタントの「理路整然としたリポート」のほうがよほど危険。現場の複雑さを理解しないまま、または無視さえして、現場感覚に欠けたリーダーの“受け”を狙った「作文」であることが多いからです。
そもそも作文というものは、現実のすべてを表現することができないものです。せいぜい現実の一断面を表現することができれば御の字。この作文の限界というものを認識する必要があるのです。そして、リポートする側は、その“作文づくり”が仕事であり、「執行」と「結果」には直接的に責任がないのでいくらでも理路整然としたものができる、とも言えるのです。
しかし、そんな“作り物”を、そのまま現場に押し付ければ、現場は壊れます。組織が、足元から崩れ始めるのです。さらには、そのリポートのお陰でよくなったのではなく、現場の頑張りでよくなったときでも、リポート作成者の手柄とされ、よくならなければ、逆に「リポート通りに実行しないからだ」と現場が非難を浴びるということが起きやすい。このことが、さらに現場の崩壊を加速させるのです。