「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう?ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。

「気前がいいリーダー」は、組織を弱体化する

「あの人はケチだからな……」
 こういう評判が立つのは、あまり心地いいものではありません。
 どうせなら、「あの人は気前がいいね」と言われたいのが人情です。しかし、気前のいいリーダーは、一時部下の人気を集めることはあるかもしれませんが、長続きしません。いや、組織を根っこから腐らせる恐れすらあるでしょう。

 当然です。

 お金を稼ぐというのは生半可なことではありません。現場が汗水垂らして稼いだお金を、気前よくジャンジャン使っていればアッという間に底を突いてしまいます。しかも、リーダーの「緩み」は、必ず全体の「緩み」に繋がります。その結果、ムダな経費ばかりが増え、ぜい肉過多のな組織体質へと変質。一度出来上がった組織体質は、一朝一夕には変わりませんから、これが組織を致命的な状況に追い込むことになるのです。

 だから、私は「ケチ」に徹してきました。
 ムダなお金は使わない。節約できるところはとことん節約する。細かいところまで、それを徹底してきたのです。「社長なのに、そんなことまで?」と思われたこともあったと思います。

 たとえば、タイ・ブリヂストンのCEOに就任した直後のことです。当時、創業以来使用してきた社屋はかなり老朽化しており、事務所内も雑然としていました。事務所内のモノの秩序は、組織そのものの秩序を示しているものです。整理整頓が行き届いている職場は、業務においても細かい配慮が行き届いている。お金の使い道にもメリハリが効いている。それが、私の経験値でしたから、正直、「職場の改善が必要だろう」と感じていました。

 そんなある日、事務所でひとり残業をしているときに、書類をコピーする必要が生じました。そして、事務所の一角に置いてあるコピー機のところまで行って、少々驚きました。コピーに失敗した紙がグシャグシャになって散らかっていたからです。

 コピー機会社との契約で、故障したときに連絡すれば、失敗した分についてディスカウントしてくれる仕組みだったにもかかわらず、失敗した分をきちんととっておくのが面倒だからという理由で放置していたのです。「これではダメだ……」と思わざるをえませんでした。

 そこで、私は翌日、社員に「コピーに失敗した分は、箱にきちんと取って置き、コピー機会社に連絡してディスカウントしてもらうように」と通達。「今度の社長は、ずいぶん細かいな……」と苦々しい思いをさせたかもしれませんが、「ムダなことは一切やらない」という意識を徹底してもらうために、あえて「ケチ」な姿勢をはっきりと示したわけです。

 その後も、手を緩めませんでした。気になることがあれば、その度に指摘。徹底的にムダ遣いをなくすようにメッセージを発し続けました。そして、「何事も基本はケチ」という方針を、少しずつ組織に浸透させていったのです。