2月24日から国立西洋美術館で「プラド美術館展」が開催されます。注目は、スペインの巨匠ベラスケスの作品が7点も来日すること。そこで今回は、美術史の本としては異例の5万部を突破した『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』の著者・木村泰司氏にベラスケスの生涯について語ってもらいます。これを読めば、よりプラド美術館展が楽しめる!
芸術の都「セビリア」
1599年、ベラスケスはスペイン王国セビリアで生まれました。この頃のセビリアは、新大陸アメリカとの唯一の貿易港として、西ヨーロッパで最も繁栄を誇っていた国際都市。世界中から人々や品物が多く集まり、芸術品もまた多数持ち込まれていました。当時、オランダ絵画が発展していたフランドルや、バロック芸術の中心地だったイタリアなどから、たくさんの芸術作品が持ち込まれていたのです。
そのためセビリアは、首都マドリッド以上にスペインで最も芸術活動が盛んな都市でもありました。17世紀のスペイン絵画黄金時代の三大巨匠であるベラスケス、スルバラン、そしてムリーリョを輩出したのもセビリアです。
10歳で絵画修業を始めたベラスケスは、やがてセビリアの画家組合の総裁だったパチェーコに弟子入りし、画家としての技術だけでなく、古典文学などの教養も身につけて行きました。そして、7年間の修行の後、画家として独立。同時に師パチェーコの娘フアナと結婚し、名実ともに独り立ちしたのです。
セビリア時代のベラスケスの作品には、激しい光と影のコントラストや、伝統的な理想主義とは真逆の写実主義などに、当時のイタリアのバロック絵画を牽引したカラヴァッジョの影響が表れています。プラド美術館展で来日する「東方三博士の礼拝」はこの影響が見て取れる作品だといえるでしょう。ちなみに、この作品の三博士のモデルの二人はベラスケスと義父パチェーコで、聖母のモデルは妻フアナ、そして幼子イエスのモデルはベラスケスの生まれたばかりの娘とされています。