たとえば、僕のスライダーをトラックマンで計測すると、ある別のサウスポー投手が投げるスライダーと回転軸の方向とリリースポイントの位置に関して、かなり似た数値データが出てくる。彼が投げるスライダーは、現在の日本球界のサウスポーが投げるスライダーとしては、最高水準にあると言っていいと思う。その最高のボールと似ているわけだから、「僕のスライダーも投げ方として間違ってはいないのかもしれない」と仮説を立てることができる(もちろん、回転数や球速の点では、彼のスライダーのほうが上回っているので、結果的にはボールの軌道はかなり違ってくるわけだが)。

プロ11球団が導入、「弾道測定器」のデータと投手はどう向き合うか

 僕は実のところ、この「横の比較」という地味な作業がかなり好きだ。これまでは数々の名投手が投げる素晴らしいボールを、外から見て単純に「スゴイな…」と感心するしかなかったが、データを比較すれば「そうか……この数値を伸ばせば、自分のボールもあのピッチャーの投げるボールに近づけるかもしれない!」と考えられる。そうやって思いを巡らせ、実際にブルペンで工夫しながら仮説を検証してみる作業は、ことのほか楽しい。

 この考え方は、アマチュアの選手にとっても有益ではないだろうか。たとえば高校生のピッチャーが自分のストレートと、楽天・則本昂大投手のストレートの回転数の数値を比べてみた場合、その高校生がプロのトップレベルと自分の違いを数値で明確に把握できることには意味があるだろう。そのほうが「自分もいつかあんなボールを投げられるようになりたい」とより深く実感できるはずだ。

 自分と他者の「差」が明確化されることを僕は肯定的にとらえている。その明確になった差が、自分で「もっとがんばろう!」と思えるモチベーションにつながるからだ。

データを上手に利用する能力とは

 このように最近のプロ野球界では、トラックマンによって計測されたデータの重要性が非常に増してきている。だから各球団とも、データ分析室のような部署を新設して、その情報を解析するアナリストの人材の確保にも力を入れているそうだ。

 ただ、「そのアナリストたちが、データをそれほど重要視しない感覚派の選手やコーチとのコミュニケーションに苦労することがある」という話を耳にすることもある。計測された数値から必要な部分を抜き出し、傾向などを分析するのがアナリストの仕事だ。この仕事の能力には、野球のプレーの経験値が直接的に関係することはない。しかし、そんな野球経験の乏しいアナリストに「この数値が…」と説明されると、感覚派の選手やコーチのなかには「あなたに野球の何がわかるのか!」という気持ちになってしまう人もいるのではないだろうか。