白石さんはまた、ビジネスを超えて私を育てようとしてくれている存在でもある。

 「アートの歴史を遡ると、最初は宗教画です。いや、宗教がない原始の頃から、洞窟の壁や岩肌に、人は神なるものを彫ったり描いたりしていたのかもしれない。その後、権力者の肖像画、静物、風景、自分の心の中と、描く対象は変わっていったけれど、人間が最初に描いたのが聖なるものだったのは間違いない。その絵を見た人々が自分自身を振り返り、己を正そうとしていた──これこそ、アートと人間の最初の対話、ピュアな関係だったと私は思います。不思議なんだけれどね。私は小松さんの絵を見ると、1000年以上の時を経て、その対話が蘇った気がするんですよ。古代の混沌とした世界に神や宗教観が生まれたように、今の混沌とした社会に、作家・小松美羽が生まれたのかもしれません」

 なんとも光栄な評価だ。

 Whitestone Galleryは100人以上の作家を扱っていて、日本の第一線のアーティストの作品はすべて取り扱っているといって良いだろう。

 「世の中には、小松さんより、絵のうまい人はいくらでもいる。でも、あなたの作品はそれらを差し置いてユニークであり迫力があります。コレクター歴40年という方が、小松さんの作品について言っていましたよ。『ピカソは誰が見てもピカソであるように、小松は誰が見ても小松だ』と。あなたの作品は、紛れもなくあなたそのものなんです」

 その理由を尋ねると、白石さんは教えてくださった。

 「小松さんの生き方、考え方が、絵にマッチしているからでしょう。だから小松さんは、小松さんの心の中の神に認められる生き方をし続けないといけない。さもなければ、このあともずっと、この迫力のある絵を描き続けていくことはできない。初めて会ったとき、私は聞きましたよね。『あなたは、私がずっと探していた才能かもしれない。でも、認められてスターになっても驕らずにいられますか?』と。あのとき、あなたはもちろんだと答えました。それは誰だってそう答えますよ。でも、私はあなたを信じた。それはね、あなたの言葉の輪郭でなく、あなたを信じたからです」

 白石さんは子どもの頃、何か悪いことをしてしまったときは、「神さまごめんなさい。仏さまごめんなさい」と小さな声で謝っていたそうだ。

 逆に良いことをすると、たとえ表面的には損をしていても、何かにほめられているような清々しさを感じたという。

 これは日本人がもつ「悪いことをしたらお天道さまが見ている」という倫理観、道徳観だろう。

 「小松さんの作品は、私に悪さをするなと告げているんですよ。正しいものに守られたい、正しいものに祈りたいという、プリミティブな想いにあなたの絵は通じている」

 こんな言葉をいただいて、ああ、この人は私が果たそうとしている役割を理解してくださっていると感じた。

 だからなによりも私自身が、神さま、お天道さまに見られて恥ずかしくない生き方をし続けなければいけないのだ。

 これから広がるアジアの時代に、「お天道さまが見ている」という日本の道徳心も、表現していけたら、と願っている。