試合前に音楽を聴いたりしながら精神を集中させようとすると、元来がネガティブ思考なだけに頭の中に不安要素が浮かんでくる。おそらく、これが緊張感の元なのだろう。僕はここでできるだけ緊張してから試合に臨むようにしている。そして、試合開始直前、または初回のピッチングを終えたころ、緊張が収まってくるのだが、そのときになってようやくマウンド上で集中できるようになるのだ。

 マウンド上でピッチャーが集中するというと、多くの方は「キャッチャーミットしか目に入らない」というような精神状態のことを想像するのではないだろうか。しかし、少なくとも僕自身の感覚から言うと、実際にマウンド上で経験する「集中」の状態は、それとはかなり違っている。

 僕の場合は、マウンドで集中すると、まずスタンドからの声援やヤジが耳に入らなくなる。もちろん、マウンドに上がる前・降りたあとには声援は聞こえるのだが、ひとたび集中状態に入れば、とても静かな世界にいるような感じになるのだ。さらに不思議なことに、味方の内野手からの声のように必要なことだけはちゃんと耳に届く。視界はより広がる感じで、どちらかと言えば客観的に自分を見ることができる冷静さが伴っている。逆に、キャッチャーミットしか見えないような状態は、単に入り込み過ぎて視野が狭くなってしまっているときだ。あくまでも僕の主観なのでたしかめようがないのだが、一般に「ゾーン」と言われている精神状態にとても近いように思っている。

ソフトバンク和田投手、「頭の中が真っ白になった」2試合の教訓

 現在37歳の僕は、プロ野球選手としてはベテランの部類に属する。「もっと野球がうまくなる」という目標は変わらないが、一方で、肉体的な成長を期待するのはなかなか難しいだろう。だから現在は、加齢による衰えのスピードをいかに遅らせるかに心血を注いでいる。技術に関しても、シーズン中は現在の水準を維持することのほうに重きを置いているつもりだ。

 だからと言って、選手としての成長の余地がないということにはならない。プロ野球選手にとって「心・技・体」が大切なのだとすれば、「体」と「技」以外にも、まだ「心」に関しては大きな伸びしろが残されていると考えているからだ。

 先ほど、試合前から試合中にかけて、「緊張感と集中力をどのようにコントロールしているか」について紹介したが、現在の僕はまだ、両者を自由自在に操れるようなレベルには達していない。だから、緊張感と集中力のバランスはある程度、自然の流れのままに任せているし、試合中にゾーンに入るためのスイッチを自分で意識して押すこともできないわけだ。