このような試合前の緊張感は、僕だけでなく他の多くの先発ピッチャーも共通して抱く感覚ではないかと思う。だからこそ、ピッチャーにとって「試合の立ち上がりは非常に重要なポイント」だと言われたりもするわけだ。通常の試合なら、この緊張感はうまくいけばプレーボール前には解消される。そうでない場合にも、最初の1アウトを奪ったタイミングとか、1回を抑えたタイミングで自然と消えてくれることが多い。ただ、ごく稀に、緊張感が解けないままになってしまう場合もある。

 ときどき、試合序盤でノックアウトされた若いピッチャーが、「よく覚えていません。訳が分からないうちに打たれてしまいました」というコメントを口にするが、これはほとんどの場合、試合前の緊張感が解けないまま登板を続けてしまったことが原因ではないかと思う。

緊張感がMAXに達した
03年日本シリーズ第7戦のマウンド

 この「訳が分からない」という言葉は本当で、一種のパニック状態に陥るピッチャーもいる。じつは僕にもプロ入り後のキャリアの中で、頭の中が真っ白になってしまった経験が2試合だけある。1試合目は、プロ1年目の2003年、阪神タイガースとの日本シリーズ第7戦。もう1試合は、翌04年、アテネ五輪3位決定戦のカナダ戦の先発マウンドだ。

 特に、日本シリーズでの緊張具合はひどいものだった。フワフワ浮いているような、まるで自分の身体ではないような感覚に見舞われ、ピッチング内容も断片的にしか記憶していない。今から振り返れば、ルーキーピッチャーが、日本一を決める大舞台の先発を任されたのだから、緊張して当たり前なのだが、当時は目の前のことに精いっぱいで、そうやって開き直って考えることはできなかった。

 僕は1回表のマウンドから、いきなりピンチを迎える。先頭打者の今岡誠(現・真訪)さんにセンター前ヒットを打たれ、続く2番の赤星憲広さんの送りバント処理を僕が誤ってしまい、ノーアウト一二塁の窮地に陥った。打席に迎えるのは、第3戦でホームランを打たれている3番の金本知憲さん。プレーボールから1アウトも奪えないまま、内野手陣がマウンドの周りに集まった。

 これはキャッチャーの城島健司さんから試合後に聞いた話だが、このとき「大丈夫か?」という城島さんの質問に対し、僕は青白い顔で「大丈夫じゃないです」と答えたそうだ(笑)。この後、金本さんを抑え、4番の桧山進次郎さんをゲッツーに打ち取ってピンチを脱したことはなんとか思い出せるが、城島さんとの会話や、内野手陣からどんな声を掛けられたかはまったく憶えていない。