きっかり1時間後に電話があり、同時にドアのチャイムが鳴った。
ロバートは部屋に入ってくるなり、カバンから1冊のファイルを出してテーブルの上に置いた。
「これは?」
森嶋の問いには答えず、読むように目で促している。
森嶋が読んでいる間に、ロバートはコートを脱ぐと冷蔵庫からビールを2缶出した。ひと缶を森嶋の前に置き、もうひと缶を開けると一気に飲んだ。
森嶋はレポートを読み終わると缶ビールをとって一口飲んだ。
「ジョージタウン大学の経済研究所の報告書だ。大統領のシンクタンクとして特別予算がついている」
「これは?」
森嶋は表紙に押されている「シークレット」の文字を指した。
「大統領に直接回ってきたレポートだ。このレポートについてはかん口令が敷かれている。ヘッジファンドや格付け会社の目に触れれば、世界経済に影響が出る」
そうだろうと言う顔で、森嶋を見ている。
「こんなものを俺に見せてもいいのか」
「お前は親友だ。善悪の区別もきっちりつくスマートな奴だと思ってる。それとも俺のカン違いか」
「たしかにそうだが、なんでおまえが日本にいて、これを持って俺のところに来る」
「いずれ公表されるものだ。お前は知っていたほうがいい。俺の判断だ」
こうはっきり言われると、森嶋は真意を問いただす気力もうせた。
「日本では、この件についてどう考えている。まったくの初耳だとは言わないでくれ。話題に上ったことはあるはずだ」
森嶋は答えることができなかった。
日本発の世界恐慌。こういう話は、過去に何度も聞かされてきた。それに対して政府も無関心だったわけではない。何度か議論や研究会は行なってきたが、進展はなかった。ことが大きすぎるのだ。
しかし、東日本大震災のことを考えると正面から向き合う時期に来ているのかもしれない。専門家に言わせれば、それは時間の問題で必ず起こると言い切っている。
「おまえは国土交通省の役人だったな。大いに関係のある役所だと思うが」
森嶋は頷いた。たしかにその通りだ。
「これをどうするつもりだ」
今度は森嶋がロバートに聞いた。
「来週初め、国務長官が中国訪問の途中に日本により、総理に会うことになっている。その前に、俺が総理に直接これを手渡すってわけだ」
「総理に直接手渡す? そんなことが出来るのか」
「俺は大統領特使として来た。官邸に連絡はいっている。直接、ワシントンからだ」
森嶋はそれ以上、何も言えなかった。
「日本側はこの件については、まったく考慮したことがないのか」
ロバートが再度、森嶋に聞いた。その顔からは笑みは消え、間違いなく大統領特使の顔になっている。
森嶋は2日前の高脇の話を思い出していた。
早く忘れたいと思っていたが、もう一度、会って話を聞かなければならないだろう。しかし、それからどうすると言うのだ。
目の前のレポートとロバートを見ていると、様々なことが一気に脳裏に浮かんでくる。
「今夜はどうするつもりだ」
森嶋は時計を見て聞いた。すでに午前4時を回っている。
「車は返した。しかし、俺はお前のベッドまで奪う気はないよ」
そう言うとソファーに横になった。