森嶋は手を伸ばして携帯電話をつかんだ。

  デジタル時計に目をやると深夜1時半の表示が目に入った。

 クソッとつぶやいて、通話ボタンを押した。

 昨夜、優美子と食事をして、その後どこかで飲み直そうと誘ったが断られた。やり残している仕事があると言って、帰ってしまったのだ。

 仕方がないので、昔行き着けていた小さな居酒屋に顔を出した。そこで勧められるまま飲んで、部屋に帰ったのは日付の変わる直前だった。

〈シンか。話がある。会えないか〉

 名前を名乗る前に声が聞こえた。英語だ。

「ロバートか。日本に来ているのか」

 ロバート・マッカラムはハーバード時代の1年上の友人だ。彼も政府機関から派遣されていた学生だった。

 最初の1年間は森嶋のルームメイトで、なぜか森嶋と気が合って学業以外にも大いに世話になった。政治、経済に幅広い知識を持ち、陽気で楽天的な典型的なWASP、ホワイト、アングロサクソン、プロテスタントだ。

 ロバートがMBAを取ってワシントンに戻ってからも、月に一度は会っていた。

 半年ほど前からロバートは、大統領側近として働いていると聞いている。

 〈20分前に成田に着いた。今、車で東京に向かっている〉

「何時だと思ってる」

〈シンのマンションに行ってもいいか。もし、まだ1人ならということだが〉

「最初からそのつもりなんだろ」

〈じゃ、近くに行ったらまた電話する〉

 電話は切れた。

 森嶋はしばらく携帯電話を耳に当てたまま考えていた。

 成田から車で東京に向かっている。大使館の車を使っているのか。

 この時間に直接、ここに来ると言うことは――なにかあるのか。あの男のことだから、単なる気まぐれの旅行か。森嶋の頭には様々な思いが駆け巡った。