「スペースX」「テスラ・モーターズ」「ソーラーシティ」「ニューラリンク」……ジョブズ、ザッカーバーグ、ベゾスを超えた「世界を変える起業家」の正体とは?イーロン・マスクの「破壊的実行力」をつくる14のルールを徹底解説した新刊『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(竹内一正著)。この連載ではそのエッセンスや、最新のイーロン・トピックを解説していきます。
宇宙ロケットを100回再利用して飛ばす
イーロン・マスク率いるスペースXは2018年5月12日(日本時間)、「ファルコン9ブロック5」の打ち上げに成功し、一段目ロケットも洋上の無人ドローン船に無事、着陸しました。
ところで、PC用ソフトウエアの“アップグレード”はお馴染みですが、ファルコン9はロケットエンジンから燃料タンク、着陸脚、そして姿勢制御用フィンなど大小さまざまな箇所に繊細かつ大胆な改良を加えてアップグレードを続けているのです。ファルコン9の歴史は大きく分けると4つになります。
ファルコン9v1.0->v1.1->フルスラストと続き、そのアップグレードの最終形が「ファルコン9ブロック5」です。最初のv1.0と比べると推進力で2倍、低軌道へのペイロードで2.5倍と格段の進化を遂げていることに驚かされます。
「このロケットなら最大100回もの再使用が可能になる」とイーロンは自信をみなぎらせていて、そこには打ち上げコストの大幅な低減だけでなく、宇宙飛行士を乗せた有人宇宙飛行という重要なミッションも待ち受けています。
ファルコン9ブロック5は、NASA(米航空宇宙局)の商業用搭乗員プログラムの基準を満たすロケットに位置づけられ、NASAからの有人飛行の最終認定の条件として、7回の打ち上げ成功が義務となっています。つまり、ファルコン9ブロック5の8回目の打ち上げは、飛行士が実際に乗り込むということになります。
3Dプリンターで作るロケットエンジン
スペースシャトル退役後、NASAは国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の輸送にロシアのソユーズを利用してきました。だが、タダではありません。しかもその費用は年々高くなっています。2010年に一人当たり5580万ドル(約59億円)だった費用は、2015年には8170万ドル(約86億円)まで上昇しています。ソユーズしか人員を運ぶ手段がなく、ロシア側の言い値を受けるしかないのが現実でした。
ところが、ファルコン9ブロック5で有人輸送が可能になれば、輸送コストは大幅に削減できます。イーロンは「2000万ドル以下(約21億円以下)にする」と公言しています。
そして、ファルコン9だけでなく、宇宙飛行士が乗り込む宇宙船「ドラゴンV2」にも注目が集まっています。ドラゴンV2は、ヘリコプターのように狙った場所に正確に着陸できる宇宙史上で前例のない宇宙船です。それを可能にするのは「スーパー・ドラコ・エンジン」。3Dプリンターで製造したこのエンジンは、軽量ながら推進力が従来の「ドラコ・エンジン」の約200倍。耐熱性、耐食性に優れ、しかも、製造時間の大幅短縮に成功しました。ちなみに、ロケットエンジンを3Dプリンターで作るのは世界初です。
なぜ、イーロンは次々とチャレンジできるのか?
スペースXは今年に入り5月までで10回(ファルコン9が9回、ファルコンヘビーが1回)の打ち上げを成功させています。さらにロケット機体の点検、メンテナンス性を向上させることで、「24時間以内に同じ機体で2回の打ち上げも予定している」とアグレッシブです。一旦成功すれば、ホッと一息つきたくなるのが並みの経営者ですが、さらに高い頂きを目指すのがイーロン流なのでしょう。
とはいっても、頂きへの道は険しいです。これまでスペースXは、有人飛行をした経験はなく、そして、有人飛行にはケタ違いの安全性が求められることは言うまでもありません。
イーロンは「ブロック5は、史上最も信頼性の高いロケットになった」と自信をみせますが、その言葉を実証するためにはスペースXのエンジニアたちの今まで以上の激烈な働きが必要なことは間違いありません。
さらに、忘れてならないのは、スペースXは、ファルコン9ブロック5と宇宙船「ドラゴンV2」だけでなく、火星有人飛行を目指す次世代大型ロケット「ビッグ・ファルコン・ロケット(BFR)」の開発も並行して進めていることです。
「問題は一つずつ解決していく」。これはビジネスの常道でした。難しい問題を同時に二つ抱えてしまうと、結局両方とも失敗するからです。
ところが、イーロンは違います。マルチタスクで問題に挑み、次々と解決していきます。この経営スタイルは20世紀の経営者にはあまり見られませんでした。イーロンは何よりスピードを重視し、加えて、守りに入らず、呆れるほど失敗を恐れない。だからこそできることなのです。リスク満載の経営手法ですが、未来を切り開くためには必要だと捉えているようです。
宇宙から地下までチャレンジする思考回路
イーロンが目指しているのは宇宙だけではありません。地下にも挑んでいます。
大都市の交通渋滞を緩和するために、地下に交通システムを走らせるトンネル掘削企業「ボーリング・カンパニー」(イーロンが創業)がロサンゼルスで実験用トンネルの最初の区間約4kmの工事を完了させたと5月17日に発表。そして、「数ヵ月以内に、無料の試乗会を行う」と発表し、世間の関心を集めています。
そもそも、イーロンが自宅からスペースX本社があるホーソーンまで車を走らせていた時、交通渋滞のあまりの酷さに頭にきて、ならば「地下にトンネルを掘ってクルマを電力駆動の台車(ポッド)に乗せ時速約200kmの高速で運んでしまえ」と発想したことが原点でした。
ロサンゼルスのウエストウッド地区からロサンゼルス国際空港までの16kmを今だと30分から1時間かかりますが、この地下交通システムなら「わずか5分で移動できる」とイーロンは語っていました。さらに最近では「ロサンゼルスの中心部から同市の国際空港までの運賃を1ドルとする」と言い出したのです。
地下トンネル構想に賛同したのはロサンゼルス市議会だけでなく、シカゴの世界最大級のハブ空港オヘア空港とシカゴ市内を結ぶ計画に役立つとシカゴ市も前向きな姿勢を見せています。
問題山積み、非難轟々……その先にある未来
しかしこのトンネル構想は、地下にトンネルを1本だけ掘るのではありません。40層ものトンネルを掘ると聞かされると、みんなあ然とするでしょう。でもイーロンは大真面目。「従来の3倍のスピードでトンネル掘削ができる新技術を開発する」と言い切り、コストも大きく引き下げる計画です。
もちろん、問題は山ほどあります。
ロサンゼルスは地震が多い。耐震性はどうなのか。法律上の問題も立ちはだかります。「バカバカしい話だ」と切って捨てる専門家も少なくありません。
公共交通機関となると役所との折衝がかかせません。保守的で事なかれ主義の役人を説得するのは、地下トンネルを3倍のスピードで掘削するより難しいという意見も聞きます。
そもそも、多くても5人程度で、多くの場合はたった1人しか乗らない個人用のクルマが対象では、本当に渋滞を減らせるのか?できない理由を指摘する専門家はたくさんいます。
しかし、スペースXが宇宙ロケットを開発すると発表した時、専門家たちは「そんなこと、できっこない」とあざ笑いました。テスラが電気自動車「ロードスター」を発売した時、GMなど世界の自動車メーカーは無視を決めこみました。
それでも、スペースXはファルコンロケットで国際宇宙ステーションに物資を運び、一段目ロケットの再利用に成功し、ロケットコストを桁違いに削減しました。
世界の自動車メーカーは、テスラに頭をぶっ叩かれ目を覚ましたようにEV化に大きくシフトしています。
未来を創造しようとする者にとって、批判や障害が立ちふさがるのは当たり前のことです。従来の価値観にしがみついた批判などイーロンは平然と蹴散らし、前に進んでいきます。その先にあるのは、より厳しい批判と、とてつもない困難であることを承知したうえで。