少人数から大人数まで、プレゼンでちょうど聞き取りやすい声を出すには、どんなことを意識すればよいのでしょうか。相手の「一列後ろ」を意識すること、というのは、メディアトレーナーとして芸能界のトップアーティストを指導する中西健太郎さん。今回は中西さんの新刊『姿勢も話し方もよくなる声のつくりかた』より、相手が心地いいと思える大きさの声の出し方の目安と、特に注意すべき少人数の会議でのコツについてお伝えしていきます。
あなたが、誰かに何かを伝えたい、と思ったとき、自分の心のうちで思っていたり、はっきり聞き取れなかったりすると、相手に伝わりません。もっと厳密にいえば、相手にただ届くことはあっても、それをきちんと受け止めてもらえなければ、伝わりません。
しかし、相手に届く手前に自分の声(話)が落ちてしまって、相手に届いていないということは案外多いものです。それは、きちんと届けたい相手に対して「いま俺、大事なこと話しているんだから、言葉を拾っとけよ」と、取りに行かせるに等しいことです。すごく失礼なことだと思いませんか。
だから、相手のところまで誠意をもって届けなければいけません。紙に書かれた文章をただ目で追って黙読するのと、声に出して音読するのとでは、声のほうが熱量や温度も含めて相手に届けられるメリットがあります。
そして、「声」=エネルギーですから、ご祝儀やご飯と同じで、ちょっと多めだとうれしいもの。ご祝儀は3万円だろうと思って開けたら、実は5万円入っていたらうれしいというのと同じです。
逆に、多すぎると不安になります。3万円かなと思って、2000万円入っていたら、ちょっと怖い。いやいや、いいよ、いらないよ、ってなりますよね。
声も同じで、たとえば大きすぎたり、がなり立てるような音だと、鬱陶(うっとう)しくなります。
では、ちょうどいい大きさの声になる目安は何でしょうか。
僕はいつも、「相手の1列後ろ」に届くつもりで話すこと、とお伝えしています。たとえば、30列あるセミナーで話す場合は、31列目まで届くように話す。1列のみで後ろに席がない場合も、もう1列あると想像しながら声を投げかけてください。
1対1でも、1対大勢でも、とにかく話す相手の1列後ろまで届けようと思って話してください。相手の手前に声を落とすのではなくて、相手の体深くを通って、もうひとり分後ろに届くような、そんな声を意識してみてください。
特に注意が必要なのは、少人数の会議です。
1人対2人、2~3人対2~3人みたいな交渉や打ち合わせなど、かなり機会は多いと思います。すると、少人数だと思って、つい気を抜いて小さい声になりがちです。そういうときに、相手の1列後ろを目指して声を出してみてください。相手に強いエネルギーが伝わって、その場の主導権を取りやすくなるような効果もあります。
大勢の場合は、会場が大きくなれば、マイクを使うことも多いでしょう(マイクの使い方は後日あらためて!)。では、地声のみで何人ぐらいに届けられるのが理想でしょうか。
僕が思うに、15~20人ぐらいの会議ではマイクなしでも届けられるぐらい、ラクに声が出せるのが理想です。そうなるには、普段から声を出す訓練をしていないと、無理して出しているな、という音しか出せません。そのために、普段から声を出して筋肉を慣らす「エイジング」をする必要がある、というのは以前お伝えしたとおりです。
日本語は、明治以降に標準語が導入されてから、あまり大きな声を出さなくても発音できるようになったと思います。たとえば英語の「there」や「where」、イタリア語の「Buongiorno」など、欧米の言語はRやWなどのようにかなり発音が深い音がありますが、現代の日本語は口先だけで発音できてしまいます。
現代の日本語の発音の響くポイントは、割と口の前のほうにあります。逆に、西洋の言語は奥のほうにあるので、口腔全体が響きやすく、音が厚くなります。「私は昨日、渋谷に行ってきたんですけれども」という日本語を西洋人がしゃべると「ウワタシウァ キノォウ シィブヤニ イッテキタァンデスケレドモォ」と発音がかなり奥になるのです。発音している深さがかなり違うので、日本人には聞きなれない、少し滑稽な抑揚に聞こえてしまうんですね。
もうひとつ例を挙げると、会社で目上の人に声をかけるときに「社長、ちょっとよろしいですか」なんて小さな軽い声で呼びかけるときがありますね。でもこれが、戦国時代だったらどうでしょう。「殿、ちょっとよろしいですか」なんて軽い声で呼びかけるわけにはいかなかっただろうと想像します。たとえ近くに殿がいようとも「殿! 申し上げます!」と声を張るはずです。町民だって、「よう、はっつぁんよぅ!」なんて、声をバーンと大きく出していたはずです。
しかも、標準語は抑揚が少なく、かなり平坦なので、感情も伝わりにくいのが特徴です。発音のポイントが深く、抑揚のある、歌舞伎や能を思い浮かべていただければ(もちろんあれは舞台用にデフォルメされてはいますが)、現代の日本語がいかに平坦かわかっていただけるのではないでしょうか。
だから、相手の1列向こうに届けられるような声、昔の日本人のような深い発音で日本語を話せるようになるには、普段から声を鍛える必要があります。前回紹介した「外郎売り」のトレーニングは、昔の言葉ですから練習にはもってこいです。これらを続けることで、大きくて気持ちのいい声を出せるようになるのです。