松の葉に込められた「おもてなし」とメッセージ
1枚目は、岡山県にある料亭「美作(みまさか)」という料亭で撮った写真です。私は普段あまりお酒を飲みませんが、お客さまの社長に誘っていただきました。ビールを頼んだら、ビール瓶の受け皿に、松の葉が2本入っていました。普通のコースターではなく「受け皿」というのが、しゃれています。
でも、なぜか松の葉が入っています。これは何を意味しているのでしょうか?
よく冷えたビール瓶を飲みさしのまま置いておくと、表面に水滴が浮かんできます。下に何も敷かないと、したたり落ちる水滴で、テーブルが濡れてしまいます。それを避けるためにあるのが、瓶を置くコースターや受け皿です。コースターに瓶を置いたり、受け皿に瓶を入れておけば、テーブルが水びたしになることはありません。
とはいえ、水滴がしたたり落ちることは変わりません。水滴が器にたまり、受け皿と瓶の底がくっついてしまうことがあります。そこで気づけばいいのですが、ビールを注ごうとする途中で受け皿が落ちて、テーブルにぶつかって大きな音をたてたり、料理の上に落っこちてしまったりすることもあります。あなたも、そんな経験はありませんか?
「この松の葉は、瓶がくっつかないようにするためですか?」
理由を知りたくなって、お店の人に聞いてみました。
「はい、そうです。それと、もう1つ理由があるんです」
女将さんは、にっこり笑うと、こう言いました。
「松の葉は必ず2本入れるようにしていて、あなたを私は松(待っ)ていました、という意味を込めているんです」
「へえー!」私は思わずのけぞってしまいました。
すてきな心遣いだと思いませんか。このお店に行ったのは、一度だけです。でも、もし岡山で大切な人をもてなす機会があったら、迷わず、私はこのお店を選ぶでしょう。
(1)ビール瓶に受け皿がくっついて落ちないため
(2)「あなたを待っ(松)ていました」というメッセージ
「安心」と「信頼」を感じた体重計カバー
2枚目の写真は、神戸の海近くに建つホテルに宿泊したときに撮ったものです。客室に体重計があるホテルはたくさんありますが、このホテルは少し違いました。体重計に、タオル地のカバーがかけられていたのです。
ホテルに備え付けの体重計は、不特定多数の人が素足でのるものです。もちろん、宿泊者が変わるたびに、ていねいにクリーニングされているはずですが、それでも、人によっては抵抗を感じることもあるでしょう。
「ちゃんと殺菌してるのかな……」
「前に使った人は、どんな人だろう……」
そんな抵抗感をなくすために、体重計にカバーをつけたのでしょう。当然、カバーもその都度、取り替えられているはずです。
「ここまでやるのか……」それが率直な感想でした。普通はここまで考えないよなぁ、と驚きましたが、あるときテレビを見ていて「ああ、そうか!」と納得したのです。
最近は、いわゆる「潔癖性」の人がものすごく増えているといいます。他人が触れた電車やバスのつり革が触れない、トイレの便座に座れない、温泉の脱衣所の床を歩くのが怖い、図書館の本やエレベーターのボタンに触れない、他人の家のコップが苦手、家族以外がつくった食事が食べられない……。そこまで極端ではない人でも、人の趣味嗜好はどんどん多様化しています。
ここは、ホテルオークラ神戸というホテルです。ホテルオークラの企業理念は「親切と和」。ホテルオークラを世界最高のホテルにするという、開業時の社長・野田岩次郎さんの信念によって掲げられた理念だそうです。ホテルは不特定多数の人が利用する場所。より多くのお客さまに親切にし、喜んでいくただくためには、そこまで想像力を働かせる必要がある。
神戸で誰かと一緒にホテルに泊まるとき、あるいは、おすすめのホテルを尋ねられたとき、私は自信を持って、安心して、このホテルの名前を挙げるでしょう。それは、ただ体重計にカバーがかかっているから、ということだけではありません。そこから感じられた「理念」に、安心と信頼を感じたからです。
(1)「ちゃんと殺菌されているのかな……」という抵抗感をなくしてもらうため
(2)「あらゆる人にストレスなく喜んでいただきたい」という考え方
「お客さまのお客さま」を気遣う緩衝材
3枚目の写真は、秘書の女性に贈るために、三越伊勢丹で購入したプレゼントが届いたときの写真です。箱を開けてみると、バスオイルのセットが緩衝材にくるまれて入っていました。緩衝材をはがすと、リボンがつけられています。
壊れやすい商品だから緩衝材を巻く。プレゼントだからリボンをつける。伝統と格式のある百貨店、きちんとしています。とはいえ、これは多くのお店でやっていることでしょう。少なくとも、この時点で私は、特に驚きを感じたりはしませんでした。
ところが、届いた箱の中をよく見ると、もうひとつ緩衝材が巻かれたものがあります。商品を入れるための「手提げ袋」でした。商品と一緒に紙袋を送ってくるのは、どこのお店でもやっていることですよね。袋が折れ曲がらないように配慮しているお店もあります。しかし、手提げ袋までを「プチプチ」でくるんでいるお店は初めてでした。
袋も新品同様の状態でお渡しできるように。
そんな心遣いだったのでしょう。
さらに、同梱されていた商品パンフレットの冊子を手にとって、「えっ?」と驚きました。そのパンフレットには付せんがついていて、こんなことが書かれていたのです。
「価格の記載がございますが、よろしければお納めくださいませ」
バスオイルをプレゼントされたら、香りや効能など、商品の詳しい情報を知りたい人が多いのでしょう。だから担当の方は、それらが記されたパンフレットもプレゼントと一緒に手渡してほしい、と考えたのだと思います。けれど、パンフレットには商品の価格も記載されています。もし私が中身を確認しないまま無造作に渡してしまったら、相手にプレゼントの値段がわかってしまいます。
プレゼントの場合、高くても安くても、値段はあまり知られたくないものです。この担当の方は、そこまで想像して、コメントをつけてきてくれたのでしょう。しかも、次の写真を見てください。それは、手書きで記されていたのです。
商品を包装しながら、男性から女性へのプレゼントであることを意識し、お客さまの思いに寄り添う。何も考えず事務的に送るのではなく、メモを書く手間も惜しまない。私は当事者として、誠意ある対応に心を打たれたました。
(1)商品の詳しい情報を伝えるため
(2)プレゼントの価格が相手に伝わることへの「アラート」
普通に商品だけを緩衝材でくるんで、普通にパンフレットを送ってきていても、不満を感じることはなかったと思います。
ただ、逆にいうと、プレゼントを渡して、それで終わりです。特に印象に残ることなく、どのお店で買ったのかも忘れてしまったかもしれません。
しかし、このお店は違いました。担当の方の独自の判断なのか、お店のマニュアルなのかはわかりませんが、どちらにせよ、「三越伊勢丹はすごい」という印象が、強烈に残りました。
私がもう一人のアシスタントに誕生日プレゼントを送るときも、三越伊勢丹にお願いしたのは、言うまでもありません。
「身体を冷やさない」を徹底する小さな毛布
4枚目の写真は、東京・品川にある「ゆらしラボ」という治療院で撮ったものです。
数年前の冬、私はぎっくり腰で腰を痛め、治療院を探していました。整形外科、マッサージ、接骨院など、あちこち行ってみましたが、どうにも良くなりません。
そんなときにインターネットで見つけたのが、この「ゆらしラボ」でした。ここで行う「ゆらし療法」は、器具や薬を一切使わず手技だけで痛みの原因を取り除くもので、医療先進国ドイツの医師も認め、海外でも広まっている療法だといいます。痛いことが大の苦手な私は、わらにもすがる思いで訪ねました。
すると、軽く触って動かす、柔らかくなでる、やさしく引っ張るという、まさに、一切痛いことをしない「ゆらす」だけの治療で、本当に痛みがなくなったのです。
「痛いことをしないでゆらしただけで治るなんて! ありがとうございました!」
そう感謝の気持ちを伝えると、院長さんは、こう説明してくれました。
「痛みの原因が炎症にあると考え、患部をアイシングする方が多いのですが、それは大きな誤解なんです。冷凍庫にお肉を入れているのと同じで、長く冷やしすぎると筋肉が固くなって血行を悪くさせてしまいます。そうではなく、軽くなでたり、触ったりして、硬くなった筋肉を温めて、患部の血行を良くすることが大切なんです」
私は学生時代にサッカーをやっていた頃から、どこか痛くなると、冷やせばいいと思っていましたが、痛みを麻痺させるだけで、症状が治るわけではなかったのです。
新しい感覚に感激して帰ろうとしたとき、私は「えっ?」と驚きました。靴を履こうとしたら、なぜか靴が温かいのです。
「なぜ温かいんですか?」と聞くと、「お預かりした靴を温めているんです」とのこと。
「どうやって?」と聞いて見せてもらったのが、写真の光景でした。
下駄箱の靴に小さな毛布のようなものがかけられていて、下に敷かれている小さなカーペットを触らせてもらうと、じんわり温かい。小さな電気カーペットの上に靴を置き、その上から毛布をかけていたのです。
私が驚いていると、「どうぞ、これをお使いください」と、これまで見たことのない、ちょっと変わった靴べらを渡されました。
次の写真をご覧ください。柄の部分に、ちょんと出っ張っている部分がありますよね。この出っ張りは何だと思いますか。話を聞いて、また私は「へえ!」と声を出してしまいました。
靴べらを使うと、ズボンのが靴の中に入ってしまうことがありますよね。それを直そうとすると、腰を曲げなくてはいけません。腰痛の人にとって、腰を曲げることはつらいものです。それを防ぐため、出っ張りに裾を引っ掛け、ズボンの裾が靴に入らないように作られた特別な靴べらだったのです。
私は腰を曲げることなく、温められた靴を履いて帰途に着きました。身体だけでなく、心も温かくなっていました。その後も、身体に痛みが出ると、そこに通うようになりました。
不思議なご縁で、今では、その治療院の採用や従業員の教育について、私がアドバイスをさせていただくようになっています。
受け取る人の気持ちを考えたお礼状
最後の5枚目の写真は、ヴェリタス・インベストメントという不動産会社の経営者、川田秀樹さんという社長からいただいた、お礼状を撮ったものです。この方は私のお客さまで、毎年、この会社の新人研修の講師も務めさせていただいています。とてもお世話になっているため、会社が移転したときに花をお贈りしました。
すると、お礼状に、贈った花の写真が添えられてきたのです。ただお礼状が届くよりも、「こんな素敵なお花が届きました。ありがとうございます」と言われている気がして、相手の気持ちが、より伝わってきます。
それだけではありません。会社の移転などで贈るお花を発注するとき、どんな花が贈られるのか、実物を見ることはほとんどないのではないでしょうか。最近は、ネットで見本だけを見て注文することも多くなっています。
そんな中、こうした気配りは、贈った側からすると「あの花屋さんに頼むとこんな花が届くんだな」と、確認できることにもなるわけです。
(1)「ありがとう」を言葉以外で伝えたいという思い
(2)「こんなお花が届きましたよ」という報告
相手の気持ちを察して、その人が求めていることや、喜んでくれることを想像し、実行に移す。これは、どんなビジネスでも大事なことです。私自身もいつも心がけていることですが、なかなかここまで徹底できません。
この川田社長は、相手目線で物事を考えることの大切さを、従業員への教育でも徹底されています。
ビルの廊下で来客とすれ違ったときの対応から、トイレの案内の仕方まで、社長自ら新人一人ひとりに、その場でロールプレイングしながら指導されているそうです。
私は、経営者自らがお客さまの目線を持ち、行動することは、その企業の文化をつくるうえで一番大切なことだと思っています。お礼状ひとつ取ってみても、その人や、その会社が大事にしていることは、相手に伝わるものなのです。
さて、ここまで紹介した5つの事例について、あなたはどう思われたでしょうか?
「わかる! すごい!」と感心されたでしょうか。
「えっ、そんなことまでするの……」と驚かれたでしょうか。
「なんで、こんなことをするの?」と、疑問に思われた方もいるかもしれません。
いずれにしても、「普通じゃない」と感じたのではないでしょうか。
実は、5つの事例には、隠された共通点があります。その共通点とは、お客さまに対してサービスを提供するすべての仕事に通じる、「リピート」や「紹介」を生む法則です。
あなたのお客さまに、「また行きたい」「あなたから買いたい」と思ってもらうために、あなたが今日から実践できる、ほんの少しの心がけです。