それでも人生にイエスと言おう!

君が生きる意味』の解説は、フランクル心理学の第一人者であり明治大学の諸富祥彦教授に筆を執っていただいています。解説では「ロゴ・セラピー」流の問い方が紹介されています。

 苦悩する状況に直面した時に、「私は本当は、どうしたいのだろう」「私は本当は、何を望んでいるのだろう」と、「私の視点」を中心にする問い方だと心の視野が狭まり悩みが深まりがちです。

 これを「人生からの視点」にリフレームして、諸富先生は「ロゴ・セラピー」流の問い方を提案しています。

人生は、私に、今、何をまっとうすることを求めているのだろう
人生は、何を私に、問いかけてきているのだろう
私は、どうすれば、私の人生に与えられている使命をまっとうすることができるだろうか

 人生には様々な苦悩が訪れます。悩みが大きければ大きいほど、人は「私の視点」にこだわりがちです。「私がこうしたい、そうしたい」と…。

 ですが「私の視点」では、「私にできること」「私に考えられること」という思考の限界が発生しやすくなります。考えるのは同じ私ですが、「人生からの視点」に問い方をかえると、心の視野が広がりその他の可能性に目が向くようになります。

 例えば、部下との人間関係がこじれて憂鬱になっている上司がいたとします。部下と口もきかない状態となり、その部下のことを考えるだけでストレスです。夜も眠れなくなっています。

「私の視点」に立つと「転職か、会社に残るか」で答えが出ず、堂々巡りです。その時「人生は、この出来事を通して、何を私に問いかけてきているのだろう」と考えてみます。

 すると部下を責めてばかりいたのに、「ワンランク上のリーダーになるために、変わるべきは自分かもしれない」という思わぬ答えが発見されるかもしれません。

その結果、どうせ転職するなら最後に部下と腹を割って話し合ってみようと覚悟が定まり、いざ、話してみると実は部下の方も関係改善を望んでいて、拍子抜けするほどあっさり問題解決してしまうようなことが実際にあるのです。

 人は日々の些細な出来事の中に、人生を揺るがすほどの大きな苦悩を抱えるものです。

「上司になってみて、まさかこれほど部下との関係で悩むことになるとは…」。そう口に出せず悩んでいる上司はとても多いのです。

 そんな人に言えない苦悩を抱えた時ほど、ナチスの強制収容所という圧倒的な絶望状況を生き抜いた心理学者がいたことを思い出して欲しいのです。

 その人は、監視官に殴られるのが日常でした。仲間が次から次へと死んでいきいつ自分の順番がきてもおかしくない状況でした。

 ですが、仲間を励まし、妻を思い、自然の風景に感動し、決してユーモアを忘れず仲間と笑いあい、そして皆で歌を歌いました。その人が収容されたブーヘンヴァルト収容所で歌われた歌の名は「それでも人生にイエスと言う」でした。

 その人の名は、ヴィクトール・エミール・フランクル。

 彼は天国から、市井に生きる私たちに向けてその歌を歌い続けていることでしょう。「どんなことがあっても負けるな」「どんな時にも人生には意味があるのだ」と、「人生を投げ出すな」「それでも人生にイエスと言おう」と。セイ・イエス…。

 AIが登場し人間の「生きる意味」がますます問われるこれからの時代に、フランクルの教えはさらに求められ、より多くの人の心を救い続けることになるでしょう。

 短い連載でしたが、皆さまの人生に豊かな「生きる意味」が満ちることを心から祈り、筆を置きます…。

◇引用文献
※1 Der Mensch vor der Frage nach dem Sinn, Eine Auswahr aus dem Gesamtwerk , 10 Aufl ., Piper. M?nchen 1995.『フランクルを学ぶ人のために』(山田邦男 [編]、世界思想社)より
※2-4『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル[著]、山田邦男、松田美佳[訳]春秋社)