「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。

自分自身を「笑い飛ばす」ことで、辛く苦しい状況もくぐり抜けられる

ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である。周知のようにユーモアは通常の人間の生活におけるのと同じに、たとえ既述の如く数秒でも距離をとり、環境の上に自らを置くのに役立つのである
※2『夜と霧』(V・E・フランクル[著]、霜山徳爾[訳] みすず書房)

「ユーモア」という心の武器

 本連載第10回では、フランクルが編み出した独自の心理療法である「逆説志向」について述べました。「逆説志向」とは、不安に思うことや恐れを抱くことを、自ら積極的に望んでみたり行なったりすることです。不安や恐れから逃げず、内的にそれに飛び込んでいく(志向する)のが「逆説志向」です。

 この時、大きなポイントになるのが「ユーモア」でした。人前で話す時に、どうしても緊張してくるなら、緊張を抑えようとするのではなく、むしろ緊張することをユーモアたっぷりに願ってみます。「緊張してやるぞ。もっと緊張してやる。世界緊張選手権で世界一になるぐらい緊張してやるんだ」などと…。

 夜どうしても眠れないなら、眠ろうとすることはやめて「私は眠り姫ならぬ“眠らない姫”になってみせるわ。“眠らない姫”になってディズニー映画に出演するのよ」などと…。自分なりにくだらなくてバカらしくてなんだか笑えてくるような言葉を自分に向けて、本来であれば避けたい(緊張して声が震える、眠ろうとしても眠れないなど)を自ら望むのです。そして、今ある否定的な状況をユーモアで笑い飛ばしてしまうのです。

 60年もの間、激しい洗浄強迫があり細菌恐怖症に苦しんでいる婦人がいました。彼女は、フランクルのいるウィーン市立病院に入院する前、「生きることは私にとって地獄でした」と告白しています。ところが、フランクルの同僚によって「逆説志向」が試みられて、2ヵ月後には普通の生活ができるようになりました。この婦人が「それを笑い飛ばす」と表現しています。「それ」とは、自分の症状であり、現実に起きてくる不安や恐れのことです。

 では、なぜ「ユーモア」によって「笑い飛ばす」ことが、心理的に効果を発揮するのでしょうか?笑うことによって私たちの心には何が起きるのでしょうか?

 それを一言で表現すると「自己距離化による力」といえます。「自己距離化」とは、否定的な症状と自分とに心理的な距離がとれることです。距離がとれてない時は、その症状と自己とが一体となっていて、手が出しにくい状況です。両目の間にとまる小さな虫は見ることができず捕まえることが困難です。つまり、近すぎて一体となっているものに翻弄されがちなのが人間です。

 しかし、距離がとれて客観視できれば、手のほどこしようがあります。よって「自己距離化」によって、何らかのセラピー効果が発生するのです。フランクルは、笑いによってこの「自己距離化」が起きると考えました。

 彼は患者に「逆説志向」を説明し、それを試みようとして笑いが起きれば「もう賭けに勝ったのである」といい、続けて次のように書きます。

「笑いにかぎらずすべてのユーモアは距離をつくり、患者をその神経症や神経症の症状から遠ざからせるからである。そうして、まさにユーモアほど人間に、なにかあるものと自分自身とのあいだに距離をつくらせるものはあるまい。ユーモアをとおして患者はたやすく、自分の神経症の症状をどうにか皮肉り最後には克服することをも学ぶのである」※1

 ユーモアは、心理的にいい意味でのほどよい距離を生み出すのです。