新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の刊行を記念して、著者の朝倉祐介さんと、事業家のけんすう(古川健介。@kensuu)さんとの対談をお送りします。2012年にIVS(インフィニティー・ベンチャーズ・サミット)のパネルディスカッションで一緒に登壇して以来、仕事抜きの友人関係というお二人。この対談前編では、けんすうさんのリクルート在籍時代や起業経験をひもときつつ、資金調達や事業創造のポイントを語り合います。(撮影:野中麻実子)

グリーの完コピで乗り切った、初めての調達

朝倉祐介さん(以下、朝倉)『ファイナンス思考』発売直後に、Twitterでお勧めしてもらい、ありがとうございます。

けんすうさん(以下、けんすう) すごくよかったです。PL(損益計算書)だけ見ていると、どうしても短期的な施策に偏る、という問題には、みんな薄々気づいている。だけど、どうすればいいか具体的に紹介する本はなかったじゃないですか。その点、この本はファイナンスの機能を4つのフレームワーク(☆)で示して、それに沿ってリクルートなどの企業事例を解説してあるのが、メチャクチャわかりやすかったです。

(☆)会社の企業価値を最大化するために
A. 事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達し(外部からの資金調達)
B. 既存の事業・資産から最大限にお金を創出し(資金の創出)
C. 築いた資産(お金を含む)を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配し(資産の最適配分)
D. その経緯の合意性と意思をステークホルダーに説明する(ステークホルダー・コミュニケーション)
 という一連の活動

朝倉 このA~Dは、キラーコンテンツなんです。「ファイナンス」と言うと、特にスタートアップでは、Aの「外部からの資金調達」に頭がいってしまい、ベンチャーキャピタル(VC)からどうやって資金調達するかばかりを考えてしまうじゃないですか。でも、それだけじゃないよね、というのを伝えたくて。

けんすう(古川健介)
1981年6月2日生まれ。2000年に学生コミュニティであるミルクカフェを立ち上げ、月間1000万pvに成長させる。2004年、レンタル掲示板を運営する株式会社メディアクリップの代表取締役社長に就任。翌年、株式会社ライブドアにしたらばJBBSを事業譲渡。2006年、株式会社リクルートに入社、事業開発室にて新規事業立ち上げを担当。2009年6月リクルートを退職し、ハウツーサイト「nanapi」を運営する株式会社ロケットスタート(のちに株式会社nanapiへ社名変更)代表取締役に就任。

けんすう スタートアップだと特に、運転資金のために資金調達する、というノリになりがちですよね。かっこよく大型調達しても、レバレッジをかけて会社を大きくするというより、「10億円調達したから100人雇いましょう」とコストを膨らませる思考になりがちです。

朝倉  本来は、目標に向かって必要なモノや人を確保するために資金を調達する、という順序で考えるべき。でも実際は、運転資金がなくなってきたときに、1~2年分、事業を継続できるように資金を調達しよう、資金は調達できたのでこのぐらい人を雇おう、と発想が逆転しがちだよね。それって本末転倒じゃないか?ということが、雰囲気として伝わればいいんですけど。

 けんすうが最初に調達したときは、どうでした?

けんすう 2010年に初めて調達したときは、今ほど情報も流通していなかったし、本当にわかっていなかったので、雰囲気でやりました。本当によくわかっていなかったので、うまくいっている会社を参考にしようと思って、昔にグリーが時価総額10億円くらいでグロービス・キャピタル・パートナーズから調達し、数年後にKDDIから調達していたから、その通りにやろうと思いました(笑)。バリュエーション(企業価値評価)もよくわからなかったので、(グリーと同じ)10億円です、みたいな。調達目標額も、雰囲気で「1.5億円」と言っていたけど、「その倍は必要なのでは」と言われて、そうなんだ……と思って3.3億円にしました。終始そんな感じだったので、PL思考だとかそういうレベルのはるか手前にいた感じです。

朝倉 むしろ、グリーを完全にトレースできたところがすごい(笑)。

 VCとスタートアップでは、もっている情報量が違いすぎるよね。起業家の多くは資金調達なんて人生初めての経験だから、よくわからないままに交渉相手であるはずのVCの人に手順を教わりながら進める状態ですよね。対するVCは、毎週おこなう投資委員会で4~5社は稟議しているわけだから、理解度や情報量が全然違う。目指すゴールは「いい事業をつくろう」ということで両者の目線は一致するけど、リターンをどう切り分けるかという点ではどうしても緊張関係は避けられないはず。こうした点も踏まえて、スタートアップももっと理論武装できるといいですよね。

資産か費用か――割とノリで決まる?

けんすう そんな感じで、何もかも手探りだったんだけど、どの勘定科目として計上するかという解釈についても謎でした。

 たとえば、メディア事業だったので、記事コンテンツを資産として計上しようとしたんです。作成料が1つ当たり約1000円、その記事がPVを稼ぎ続ける賞味期限が平均3.1年という試算もあったので、資産じゃないかと思ったのですが、監査法人とかに聞いてみるとだめだよ、といわれたり。結局、費用計上したのですが、アメリカのDemandmedia社などは実際に記事コストを資産として計上して5年とかで償却していた。そういうグレーゾーンは結構ありますよね。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、『ファイナンス思考』のほか、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)。

朝倉 コンテンツの賞味期限などを厳密に証明できるのかと問われれば微妙かもしれないけど、メディアにとってのコンテンツは、発想としては「資産」のはずですよね。似たような話で、ソフトウェアもよく資産か費用かで議論になる。あえて費用で落として赤字を先行させ、PL上はどこかのタイミングでV字回復に見せるといった演出は散見されますね。

けんすう ゲーム業界でもありますよね。当初は資産で計上したけど、バージョンアップ以降は、運用して回収するモデルだから、と費用計上したり。性格が出ますね(笑)。資産でも費用でもいけるというときは、短期的に業績をよく見せたいから資産計上するとか、その期の目標次第で決まることも多い

朝倉 正直、こんなに自分たちの意思を反映できてしまう余地があることに、びっくりしましたね。

けんすう どうせ業績目標を達成できないなら、このタイミングで負の遺産を償却しちゃおう、って割とノリで決まったりする会社もありますもんね。PLだけ見てると、その企業の実態は見えないですよね。

グリーとDeNAの真の功績とは?

朝倉 最近は、スタートアップの特に大きいところだと、いいCFOがいるのが強みだなと思います。メルカリもサービスの秀逸さが目立つけど、CFOの長澤(啓)さんは投資銀行出身、COOの小泉(文明。@Koizumi)さんは証券会社出身でなおかつ上場企業CFOも経ており、ファイナンスの知識がある。CEOの山田(進太郎。@suadd)さんもスタートアップは2回目だから経験値がありますよね。

けんすう メルカリはずるいですよね(笑)。2010年ごろは、CFOでそこそこ名前が知られている、という人はあまりいなかった記憶があります。この10年ぐらいでCFOに限らず、いろいろな職種の有名な人がスタートアップ業界にも多く出てきました。グリーやDeNAが優秀な大企業から色々な人を雇ってくれたおかげで、ネット業界に一気に優秀な人が増えた印象はあります。

朝倉 本当に、そうだよね。自動車会社とか商社から。彼らの日本社会における最大の功績は、大企業から優秀な人材を引きずり出したところにありますね(笑)。

けんすう そこ、大きいよね。楽天が球団をもったあたりから、IT系のスタートアップも大企業から一員として認められたというか、風向きがよくなった気がしますね。

朝倉 けんすうが、レンタル掲示板「したらばJBBS」や受験生向けコミュニティサイト「ミルクカフェ」を運営してたのは2000年代前半でしたっけ?

けんすう 学生時代の掲示板は2000年ぐらいにやっていて、その後のレンタル掲示板の事業は2003~2004年ぐらいです。当時、ライブドアが買収しまくっていたときに、04年に買収されました。今思えば、ライブドアはPLより時価総額をどう上げるかと考えて事業を展開していて、当時としては先進的だったし面白かったですね。

朝倉 『ファイナンス思考』の中で先進事例として挙げたリクルートでも、けんすうは働いていたわけだけど、実際の個別事業の管理ではPL重視だったりしなかったですか? 新規事業の部署にいたんですよね。