目先の売上・利益にとらわれる「PL脳」は、会社の長期的な成長、ならびに企業価値の向上にとって、明らかに問題があります。では、日本の多くのビジネスパーソンや投資家、メディアはなぜ、PL脳に陥ってしまうのでしょうか。『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』では、私たちがPL脳にとらわれてしまいやすい構造的な原因を、(1)高度経済成長期の成功体験(2)役員の高齢化(3)間接金融中心の金融システム(4)PLのわかりやすさ(5)企業情報の開示ルール(6)メディアの影響、という6つの点から考えていますが、ここでは「(2)役員の高齢化」がもたらす問題を考えていきましょう。

終身雇用、年功序列を基本とする日本的雇用慣行を採用する日本企業の中において、経営者は内部昇進者であることが基本です。「経営」とは本来、営業や開発、生産、管理などと並列に扱うべき、ひとつの職種であるはずです。営業と開発に上下関係がないのと同様に、経営もまた職階として理解されるべきではありません。経営者よりも報酬の高い社員がいたとしても、何も不思議はないはずですが、実際にそのように受けとめられることは、まずありません。

日本では経営者の内部昇進が多いが…(写真はイメージです)

  課長→部長→執行役員→取締役と、出世の過程を単線的にとらえるのが、典型的な日本人のキャリア観ではないでしょうか。

 しかし本来、取締役の責務は事業執行とは大きく異なります。株主に対して責任を負うという意味においては、執行役員から取締役になることは、「昇進」というよりも「ジョブチェンジ」であり、「転向」と呼ぶほうがより正確なはずです。ところが、現実には取締役のポジションが、過去に事業の執行を成功させてきた社員に対する論功行賞の恩賞として用いられています。社会全体における人材の流動性の差によるものなのでしょうが、特定の会社での経営で実績を残した経営者が、業界をも跨いでほかの会社の経営を担うといったアメリカの経営者像とは対照的です。

 キャリア観が単線的であるということは、経営者になることが、勤め上げる会社におけるキャリアの総仕上げ、ということになります。したがって、特に社員数の多い日本の大企業においては、経営経験を積むのは歳を重ねてからになります。

 東京商工リサーチによると、2016年における全国の社長の平均年齢は61.19歳に達しており、上昇の一途をたどっています。Strategy&による世界の上場企業上位2500社を対象とした調査を見ても、新任CEOの平均年齢は世界平均が53歳であるのに対し、日本は61歳と、対象国の中で飛び抜けて高い年齢です。

 高齢でしか役員になれないということは、経営者として在任する期間が短いことを意味します。そうすると、必然的に会社の未来を見すえる期間も短くなり、自身の任期期間中を大過(たいか)なく全(まっと)うすることに意識が向いてしまうのが人情というものです。結果として、たとえば5年程度の期間内では起こりにくいものの、10年単位では会社に重大な影響を及ぼしかねないリスクへの対応は後手に回ってしまいます。そうした長期的なテーマよりも自身の任期内に発生する軽微なリスクへの対処が優先されてしまうからです。むしろ、現在の利益向上のために、長期的な価値向上を犠牲にし、将来のキャッシュフローを取り崩そうという態度になりかねません。

 また、BS(貸借対照表)に計上される資産の内容とは、過去からの積み上げによって築かれたものです。したがって、経営者個々人の功績をBSで図ることはできません。その点、PLであれば任期中の経営者自身の成果を示しやすいのでしょう。

 この点において、PL脳の問題は、単に経営者の知識やスキルの欠如といった問題にとどまりません。経営に携わる者の職業倫理観そのものが問われる問題なのです。さらに踏み込んで言えば、経営者自身が積極的な態度で会社をよりよくしていこう、みずから新たな事業を生み出していこうと真剣に考えているのかどうかという、志の問題でもあると言えるでしょう。