100業種・5000件以上のクレームを解決し、NHK「ニュースウオッチ9」、日本テレビ系「news every.」などでも引っ張りだこの株式会社エンゴシステム代表取締役の援川聡氏。近年増え続けるモンスタークレーマーの「終わりなき要求」を断ち切る技術を余すところなく公開した新刊『対面・電話・メールまで クレーム対応「完全撃退」マニュアル』に需要が殺到し、発売即、重版が決まった。
本記事では、終わりの見えないクレーム対応を収束させるために必要な「これ以上はできない」というラインの決め方を特別掲載する。(構成:今野良介)
「誠意のハードル」とは
クレーマーの要求に対して「できること」と「できないこと」を線引きするためには、「これ以上はできない」というボーダーラインを決めておく必要があります。
クレーマーが自分の要求を押し通そうとするときに「誠意を見せろ!」と言いがちなことから、私はこのボーダーラインを「誠意のハードル」と名付け、クレーム対応における基本的な「仕組み」と位置づけています。
誠意のハードルは、業種や業態、クレームが発生した背景などによって異なります。
たとえば、百貨店の食品売場と商店街の青果店とでは、「誠意の見せ方」が違って当然です。百貨店で売られている贈答用の高級食材が傷んでいたら、責任者から謝罪の挨拶があってもおかしくありません。しかし、商店街の青果店で少々鮮度が落ちた食材が売られていたからといって、菓子折りを片手に常連客の自宅を訪問することは考えにくいでしょう。そのお客様が来店した際に、少々おまけする程度が妥当でしょう。
誠意のハードルを設定する際の大前提は、社会規範に則った「公平・公正」の原則です。特別待遇や金品の不当要求に応じたり、強硬な相手の要求には応じるけれど、そうでなければ我慢してもらうということでは、コンプライアンスにも反します。
たとえば、商品に瑕疵があった場合、商品の交換や代金の返還などで補償するのは正当な行為といえます。しかし、それに加えて、特定のお客様に「迷惑料」や「慰謝料」という名目で金品を提供するのは、公平・公正の原則から逸脱しています。損害保険に加入している企業もあると思いますが、安易に金銭でケリをつけようとすると、その評判が広がり、別のクレーマーの標的にされることがあります。
また、店舗や病院などで来訪者が順番待ちをしているなか、クレーマーが大声で騒ぐからといって優先的に処遇するのも、公平さに欠けます。「騒がれると、ほかの来訪者の迷惑になるから」というのは「その場しのぎ」にすぎず、クレーマーを常習化させることになりかねません。
いずれにしても、誠意のハードルは公平・公正の原則に則ったうえで、それぞれの企業・団体のポリシーや実情、クレームの内容に合わせた基準を設けます。
たとえば、商品に瑕疵があった場合、次のような対応策が想定できます。
・返品・交換には応じるが、返金には応じない
・自社発行のクーポン券をお届けする
・1ランク上の代替品との交換
・代替品に加えて、○○円の商品券を渡す
また、お客様の健康に害を及ぼした場合には、次のような措置が考えられます。
・診断書を確認のうえ、治療費を支払うが、慰謝料の請求には応じない
・休業補償はしないが、見舞金として最大○○円まで支払う
サービス業の「3倍返し」の基準
さらに、サービス業の誠意のハードルについては、「3倍返し」という基準を設けている企業が少なくありません。この「3倍」には、2つの意味があります。
ひとつは文字どおり、商品価格の3倍の金額で補償することです。1個100円の商品に瑕疵があった場合、3個、または300円相当の商品を差し上げるわけです。もうひとつは、「これからもご贔屓に」という将来への期待も込めて、「感覚的に3倍くらい」の補償を行うという意味合いです。
いずれにしても、いったん定めた基準(誠意のハードル)は、安易に変更しないことです。組織としての軸がブレると、現場の担当者は身動きがとれなくなります。
1つ、経営陣が「誠意のハードル」の基準を変更したことで、現場が困惑してしまった事例を紹介します。