成功率ほぼゼロでも、「特攻せよ!」と叫ばれた理由
では一体、戦艦大和の空気による出撃は何が最大の問題なのでしょうか? 最大の問題は、「作戦の成功確率」をいくら議論してもこの空気は消えないことです。
なぜなら、「戦艦大和が戦って撃沈される」ことが沖縄特攻の目的だからです。
サイパンへの特攻計画を退けることができた理由は簡単で、日本の敗戦で大和がどうなるかという議論がなかったからです。だからこそ、軍事的な成功確率を基に合理性で却下できました。しかし、不都合な事実を解消するための沖縄特攻では、作戦の勝算は決行の判断とは完全に無関係なテーマとなったのです。
日本的組織の意思決定がダブルスタンダードに陥る秘密が、ここにあります。つまり、沖縄特攻の議論はサイパン特攻と違い、最初から「結論ありき」だったのです。
山本氏は『ある異常体験者の偏見』で、この点に触れています。
大和出撃の動機の一つが「国民に多大の犠牲を強いて造った戦艦を戦わずして敵の
手にわたすことは出来ない」ということだったそうである(*5)。
では、沖縄特攻の作戦が否決されたらどうなったか。海軍上層部にとって戦艦大和を巡る不都合な事実は未解消のため、すぐに新たな(別の)特攻作戦が立案されたでしょう。
山本氏が、「空気を打ち消しても、すぐに新たな空気が出現する(*6)」と書いたのは、このような構造があるからなのです。
表面的に掲げられた目標は、大衆をだますダミー(偽物)
掲げた目的達成がほぼ不可能なのに、なぜプロジェクトが強行されるのか。理由は簡単で、表面に目的として掲げられたことの達成が真の動機ではないからです。この構造は、現代日本の空気が関わる企業プロジェクトや社会問題でも同じです。
表面的に掲げられた目標の達成が、実は単にダミー(偽物)にすぎない。これが空気を巡る議論を混乱させる要因の一つです。
目標(ダミー)の達成ができそうもないのに、高い地位で頭脳明晰なはずの人々がなぜ必死に実施の強行を叫び続けるのか。真の目標がまったく別にあるからです。
隠しておきたい前提(空気)を達成するためならば、表面に掲げられたダミー目標の成否は一切関係ないし、もともと関心もないことです。
戦艦大和の出撃への空気が時間の経過で消え、「なぜあのような無謀な作戦を実施したのか」、後世に合理的な説明ができない理由もわかります。沖縄特攻の議論における前提(空気)=「戦艦大和を巡る不都合な事実」がすでに消失しているからです。
したがって、ダミーの目標である沖縄特攻の合理性や成功確率を敗戦以降に論じても、わけがわからないのは当然なのです。
*5 山本七平『ある異常体験者の偏見』(文春文庫) P.210
*6 小室直樹/山本七平『日本教の社会学』(ビジネス社) P.151