地酒ブームはいかにつくられ、現在の製法や流通にどのようなプラスとマイナスを与えているのか? 『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の著者・朝倉祐介さんによる特別対談の今回の相手は、新政酒造8代目当主の佐藤祐輔さん。佐藤さんは、木桶造りをはじめとする伝統技法にこだわりながら、他とは一線を画すナチュラルな日本酒を造り続け、日本各地の若手造り手にも大きな影響を与えています。この対談後編では、地酒における特殊な流通網の成り立ちや問題点にまで話が盛り上がります。(大西洋平構成、野中麻実子撮影)

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 明治以降の国の指導に基づく酒造りに関するお話についてうかがっていると(前編参照)、伝統産業が需要を満たすためにまるで加工産業のようになっていくような印象を受けますね。振り返れば、高度成長期においては短期的な売上・利益を追いかけるPL脳であっても特に問題はなかったでしょう。マーケットが拡大している局面では、安いお酒を大量に供給していけば相応の利益が得られます。しかし、販売量も価格も右肩下がりを描いている局面でそれを続けてしまったら、差別化もできず縮小均衡に陥るだけですよね。

佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)さん
1974年12月19日秋田県生まれ。秋田高等学校から明治大学商学部に入るが、経済学に頓挫し、入学翌年退学。東京大学文学部に入学。大学卒業後は、職業を転々とする。編集プロダクション、WEB新聞社などを経て、フリーのライター/編集者に。31歳で日本酒に目覚め、酒類総合研究所の研究生となる。2007年秋に新政酒造に入社し、現在に至る。「やまユ」「亜麻猫」「NO.6(ナンバー・シックス)」など、伝統手法を用いながら洗練された新機軸の日本酒を次々と発売し、日本酒ブームを牽引している。

佐藤祐輔さん(以下、佐藤) おっしゃるとおりです。ただし日本酒が決定的にブランドを失ったのは、むしろ国の指導による「級別制度」がなくなってからだと思います。一般的にマーケットが縮小している場合は、より高い付加価値を模索することで、価格を維持・向上する必要があります。ところが当業界は国の価格統制から離れてから、大手を中心に安売り路線を選択しました。特に大手メーカーはボタンひとつで造れるほどに高度に機械産業化しコストダウンを行いましたが、結果として日本酒はこっぴどく一人負けしてしまいました。

 さらに悪いことにマーケティングやイメージ戦略を欠いていたためか、いつの間にか日本酒はハレの日の酒どころか、安酒の代表格のような地位に陥ってしまいました。このように当業界が本格的に凋落したのは、級別廃止後、自由競争にさらされて以降なので、我々自身の経営責任と言えるでしょう。業界の舵取り役が不在であったため方向性を誤り、同業あるいは他酒類業者との過当競争のうちに自滅しかかったと言えるかもしれません。

朝倉 業界の皆さんに佐藤さんと同じような自覚があれば、そろって凋落はしなかったのかもしれませんが…。

佐藤 現在は、付加価値の高い純米酒や吟醸酒といった「特的名称酒」というランクの酒だけは売上が伸びており、これが命綱となって日本酒業界を支えています。「特定名称酒」(図参照)の中でも特に純米酒や純米吟醸、純米大吟醸といった酒は、少数の先見の明のある蔵元が正しい方向へ日本酒を導こうとして、リスクを覚悟で何十年も、こつこつとその魅力を訴えてきたことによって、これだけ広まることになったのです。

朝倉 飲食店でも、純米吟醸、純米大吟醸は人気が高い印象です。

佐藤 ただし、最近は様子が違ってきています。ここ10年ほど飛躍的に売上が向上してきた「特定名称酒」に元気がなくなってきているのです。飲食店が不景気だからとか、いろいろと理由は憶測されていますが、私としては構造上の問題ではないかと考えています。

 日本酒の市場は、現在、純米大吟醸を最大の牽引役として成り立っています。まさに「純米大吟醸ブーム」と言えます。しかしここまで辿り着くには、先行する何回かのブームが必要でした。普通酒が凋落をはじめて間もなく、本醸造を中心とした新潟の淡麗辛口が一世を風靡しました。ついで、より高価な吟醸酒が注目を浴び始め、バブル期の大吟醸ブームへとつながります。「十四代」が濃醇旨口の酒を市場に問うた90年代半ばには、時を同じくして純米酒の機運も盛り上がり始め、ほどなく吟醸と純米の流れが一体化して純米吟醸酒が人気となります。そしてここ10年くらいは純米大吟醸に特化した「獺祭」が名実ともにリーダーとして市場を牽引しているのです。個々のブームはどれも5〜10年の周期ですが、日本酒は全体数量の激しい下降にかかわらず、この「特定名称酒」の階段を登りながら、市場に新しい酒の姿を提示してきたといえます。

 ところが問題は、今や「特定名称酒」の頂点の純米大吟醸まで上り詰めてしまったということです。今までは国税庁の規定したルートをたどって付加価値を高めてこられたわけですが、もうその道程も終局に達してしまった。純米大吟醸が完全に人口に膾炙して一段落してしまった後は、我々はなにを市場に提示してゆけばいいでしょうか? 今後はもはや、酒蔵自身がみずからイノベーションを起こしていくよりほかありません。それができなければ「特定名称酒」も含む全領域での、緩慢にして長期の低落に陥るかもしれません。

朝倉 新政酒造としては、そのような構造変化に対して具体的にどういったことに取り組んでいるのですか?

佐藤 たいへん難しい質問ですが、我々は伝統産業としての日本酒の魅力がまだ十分に伝えきれていないのではないかと仮定し、これを徹底的に掘り下げることを社是として掲げました。大まかに、地域性に富んだ原料の選択、生酛に代表される伝統的製法の復活、木桶や蓋麹といった伝統的素材の復活の3つに取り組んでいます。

 まず、原料として山田錦のような他県産の米を一切用いず、県内産の酒米で造るというのがその一つですね。それから、できるだけ米を磨かない取り組みも進めています。米をひたすら磨いて精米歩合の数値を低くすればするほど、でんぷん質が主体となってキレイにはなるものの、味わいも均質化してしまうからです。あえてあまり磨かないことで、栽培方法や原料米の特徴を反映させることを狙うのです。

 また生産設備においても、先祖返りを進めています。たとえばオフフレーバー(品質の劣化等で生じる悪臭)がつくからと昔ながらの木桶がどんどんなくなっているので、逆に我々は積極的に採用するようにしました。日本酒の長い歴史を振り返れば、木桶で仕込んでいた時代のほうがはるかに長かったわけですし、文献を調べてみると、木桶から金属製に代わった直後には、「味が薄っぺらくなった」などといったお客さまからのクレームが相次いだことがわかりました。

朝倉 加工業化とは、まさに真逆の方向に舵を切ってきたわけですね。

佐藤 車と電子機器みたいな単なる現代的加工業と、日本酒のような伝統産業では、魅力の源泉がそもそも違います。単なる機械産業や加工業になればなるほど日本酒にとっては、不利な展開になるのではないでしょうか。かつての当蔵もそうでしたが、多くの銘醸蔵が短期的な経営面の要請から過度の効率主義に囚われて、凋落してゆきました。だから、造れる職人がいなくて危機的状況にある木桶をどんどん購入するなど、日本酒の魅力維持のためには、リスキーであっても必要な投資は率先して行っています。

 現在、当蔵では田んぼを保有して酒米の自前生産も始めていますが、これもアウトソーシングしたほうがコスト安でもあることから極力避けられていたことです。しかしながら、今後、日本酒がさらなる地域性を表現するためには、より原料に注力することが不可欠ではないでしょうか。日本酒は農業まで手がけることで、本当の意味で単なる「加工業」から脱するのではないかとすら思っています。確かに酒造りそのものも大事な工程ですが、それだけでは十分な地域性を発揮できないでしょう。酒の魅力の源泉は、第一にその土地にあると思っています。ワインの魅力もその土地固有の特徴によるところが大きいですが、これからの地酒だって然りです。地酒というのは、単にその土地で飲まれているものではなくて、その土地の素材で造りあげられた普遍的な魅力を備えたものと考えています。

蔵元による戦略の違いが明確になったきっかけとは?

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さん
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)など。

朝倉 佐藤さんがやっていらっしゃることは、一見すると異端に見えますが、実はバック・トゥ・ベーシックですね。一周まわってそれが新しいんでしょうね。ただ、そういった取り組みを行うことには、業界内外において、相応の反発があったのではないでしょうか?

佐藤 地元の卸や酒販店からの反発もありましたし、軌道に乗せるのも大変でしたね。地元で飲まれている普通酒が新政酒造の8割程度を占めていたのに、あえてそれを3〜4年で一気になくしてしまったところ、瞬間的には業績がさらに悪化しました。当初は「No.6(ナンバーシックス)」や「亜麻猫(あまねこ)」といったこだわりの強い純米酒の商品が支持されて好調な滑り出しに見えたのですが、やはり普通酒をなくした反動は大きくて、売上の規模はガクンと減りましたから、自分は間違っているのかと自信を失いかけました。とはいえ、やりたくないものには手を出したくないし、どうにかギリギリのところで乗り切ったというのが実情です。

 僕としては事業譲渡のように、当時の全6000石のうち4000石以上の普通酒部門、つまり赤字部門を同業者に譲り渡すような感覚でしたね。石高が大きく減って規模が小さくなっても、そうしない限りは、いつまでも利益が出ません。だから石数、つまり売上高は気にしませんでした。

 なんといっても「磯自慢」の磯自慢酒造や「十四代」の高木酒造のように、石高は少なくても同業者から尊敬されている蔵元はありますし、そうした小粒でもぴりりと辛い企業の方が、大手〜中堅どころの酒蔵よりも潜在的な影響力がむしろ非常に強い傾向もありますからね。ワインの世界でも、最高峰たる「ロマネ・コンティ」なんて、売上高で考えたら数十億程度です。数兆円といわれる全フランスワイン市場の中ではたいしたことはないでしょう。ただしその潜在的な影響力は、まったく想像不能なほど大きいのです。

朝倉 やはり、むやみに増産するとどうしても品質が劣ってしまうわけですか?

佐藤 ええ。なぜだか言えないのですが、量産すると、たいてい酒質が劣ってしまうような気がします。もちろん、大規模ながら手造りの要素をうまく組み込んで酒質をキープしている酒蔵もあって、それは尊敬に値しますが、総じて日本酒は、過度に機械化したり、大量生産するのには向いていない酒のような気がします。ビールとは違うんですね。だからビール業界みたいに4社しか残らないような極端な寡占化を免れてきたのかもしれません。私は、むやみに増産するために費やすコストや手間を、もっと別のところに振り分けたほうがいいと思っています。

朝倉 新政酒造は1852年創業とのことですから、それこそ100年単位で酒造りと向き合っているわけですね。僕は拙著『ファイナンス思考』において、「PL脳に冒されて四半期とか1年といった利益で経営のことを考えていてはダメだ」と主張していますが、いわゆる事業会社の時間軸と比べても圧倒的に長いです。

佐藤 そこは、伝統産業であり、家業であるからなんでしょうか。だけど、常に100年、200年といった時間軸で考えますと、目先の利益を追うことは根本的な改革を阻害することでしかないという気になってきます。加えて私の場合、蔵が潰れかけて緊急に対策を打つ必要に迫られていたので、あまり大きな社内的反発もなく、大きく舵を切ることができた点は幸運でした。

朝倉 危機に陥ったからこそ、改革を進めやすかったというのはあったかもしれないですね。ところで、これも非常にシロウト的な質問なのですが、どうして人気の日本酒に限って、ネットでは買えないのでしょうか? 蔵元が出向いての試飲パーティーなどで聞いても、たいていはネットで売っていなくて、「特定の酒販店でしか買えない」という返事が戻ってきます。今の普通の消費者の感覚からすると、「なぜネットで買えないの?」と思うのが当然だと思うのですが、いかがでしょうか。

佐藤 それには、複雑な事情が絡んでいます。高度成長期には、どこの蔵元の商品もスーパーマーケットや酒販店に並んでいましたし、在庫がなければ取り寄せることもできました。しかし、日本酒の販売が43年前の1975(昭和50)年にピークを打ち、経営が苦しい蔵元が出てきて状況が変わってきます。もともと日本酒の価値は国策的に決められていました(前編参照:リンク)。国税庁の職員がそれぞれの蔵元まで出向いて実際に飲んでみて、特級、一級、二級といったランク分けを行っていたのです。そのランクごとに、つまり級別で価格が実際に統制されていたのは1965(昭和40)年頃までですが、それ以降も基準価格としては影響力を発揮しつづけました。

朝倉 そこまでの規制産業だったのですか。まるで薬みたいですね。

佐藤 そうなんですよ。タバコや薬にも近いものですね。しかしその級別の時代も、平成4(1992)年に終わりを告げました。特級、一級というお墨付きをもらえたほうが消費者の心を捉えやすいのですが、ランクが上がると税率も高くなり、販売価格もそれに比例して高くなります。そこで、とあるメーカーがあえて「無鑑査」という名前のお酒を売り始めました。特級にランクされて当然の品質でありながら、あえてお上の鑑査を受けず、二級酒レベルの安価な値段で売ったわけです。これが大きなキッカケとなって多くの蔵元が同様の手法をとるようになったので、級別制は徐々に有名無実化し、ついには廃止されたんです。その後、税率は一律で、製法によって本醸造、純米、吟醸、大吟醸などに区別する現在の制度が設けられました。

朝倉 今度は製法の違いなどに着目しながら、市場によってブランドの価値が決まってくるようになったということでしょうか?

佐藤 そうですね。こうした自由化の変化を踏まえて、吟醸酒を世間に広めようとした黒龍酒造さんや、純米酒に特化した神亀酒造さんなどのように、蔵元によって戦略にも違いが出てくるようになりました。ただ、この制度変更には弊害もあって、普通酒がこの対談の冒頭でも触れたような価格競争に晒されました。それまでとは違って、価格下落を抑える基準価格がなくなったからです。大店法(大規模小売店舗法)が廃止されたのに伴い、お酒がどこでも販売できるようになったこともそれに拍車をかけました。スーパーマーケットやディスカウントストアの安売り攻勢で街の酒屋がどんどん廃業に追い込まれ、普通酒の実勢価格は一気に2分の1程度にまで下がりました。かつてはハレの日の酒という印象が強かった日本酒ですが、そうではなくなってしまったのです。

朝倉 日本酒と言えば、安いカップ酒というイメージが定着していったのもその頃からなのでしょうね。