地酒ブーム後の呪縛を打破できるか

佐藤 こうした普通酒の凋落を尻目に、値崩れしないモデルで対抗しようとしたのが「地酒」です。酒販店の中からも、スーパーマーケットやディスカウントストアと差別化を図るために地酒専門販売店に進化するところが出てきて、蔵元とうまくつながったわけです。値下げすることなく、きちんと商品のこだわりなどについて説明したうえで販売してもらいたいという蔵元側の思いと、より高品質な酒を商圏を踏まえて近隣では自分の店だけに供給してほしいという専門店側の思いが両立する格好で、地酒の流通網が確立されていきました。はじめは卸会社の日本名門酒会さんが、そうした店を取りまとめて地酒の流通網を提案しました。その後、単一の蔵元として「直接取引」による流通スタイルを最初に確立したのが「久保田」の朝日酒造さんではないかなと思います。さらに綿密で厳選された特約店のスタイルを築き上げたのが「十四代」の高木酒造さんでしょう。

朝倉 だから、特約店となっている地酒専門店でしか手に入れられなくて、ネットで販売することなんてその流通網の成り立ちから言って論外だということなのですね。

佐藤 ネットでの販売は地酒専門店でも積極的にやっているところはありますが、総じてそこまで主流の売り方ではないでしょうね。商圏を破壊してしまいますから。日本酒の市場が低迷する中では、こうした特約店制度がうまく機能してきました。しかし、日本酒の人気が高まってニーズが出てくると、蔵元としても今まで以上に売りたくなるのが自然でしょう。

なぜ地酒のネット販売は広がらないのか?新政・佐藤社長とともに、その構造と功罪を考える地酒流通の功罪とは?(佐藤さん)

 これにうまく対応したのが「獺祭」の旭酒造さんかもしれませんね。もともとそこまで、既存の地酒の流通に頼っておられなかったようで、「幻の酒にはしない」と桜井会長が常におっしゃられている通り、「獺祭」は需要に対してあくまでそれを満たすというやり方を貫いたことで高いシェアを獲得したのでしょう。もちろん、純米大吟醸しか造らないという潔い方針と、その高い酒質が評価されたからこそですが。ともあれ「獺祭」が日本酒のスタンダードとなったおかげで、日本酒のイメージがかなり改善されたことはありがたいことです。オープンな売り方をしつつ、そのブランドを維持するという難行を成功させたことは素晴らしい手腕ですね。

朝倉 実際、私が自宅の近くで日本酒を買おうとすると、地酒専門ではない酒販店やコンビニには最初から品揃えに期待できません。少し足を延ばして、大手ショッピングモールに行ってみても、ワインの品ぞろえは豊富なのに、日本酒はパッとしません。ただ、安い普通酒と高級志向の地酒とは、一見するとやっていることが大きく異なっているようで、売り方という点では実は本質的には同じような気がしてなりません。結局、実際にそのお酒を飲む消費者ではなく、卸や小売店のほうに目が向いているのではないでしょうか?

佐藤 それは言えるかもしれません。大変だった時期に地酒専門店が守ってくれたという義理人情の側面もあるのですが、このままでは時代遅れとなっていくのは確かですし、国際的に日本酒を広めていくうえでも見直されていくべきポイントだと思いますね。しかしながら、日本酒の人気が高まった理由のひとつに、地酒専門店による流通のおかげで、鮮度が保たれたことも見逃せません。日本酒は、酸化防止剤が当たり前に入っているワインとは同列に論じられない部分があります。また限定流通のため、値崩れせず、的確な消費者に届けられたという点は、地酒の黎明期には必要不可欠なことでした。

 たとえばコンビニやスーパーマーケットなどの広域流通網にあっては、だれもブランド価値など高めてくれはしません。テレビやweb、あるいは雑誌などで知名度を上げなくてはならないなら、資金力のない多くの中小の酒蔵は潰れるしかないのです。そこをうまくカバーしたのは、特約店制度の功績でした。名もない蔵の酒でも、酒質さえ良ければ正当な評価を得ることができます。ただ、この地酒流通の問題は、あまりに閉鎖的になりすぎるきらいがあるところかもしれません。ほぼ家業である地酒専門店が、無理せず自分たちの家族だけが食べていければよい、というような内向きの志向に陥ってしまえば、日本酒の市場は広がるわけもありません。現状、地酒の大半は専門店でしか売ってないわけですから。

なぜ地酒のネット販売は広がらないのか?新政・佐藤社長とともに、その構造と功罪を考える地酒流通が変わるのも時間の問題か(朝倉さん)

朝倉 いくら義理や人情があるとはいえ、もはや時間の問題で、そういった形態は時代に応じて変わっていかざるをえない、と個人的には思いますね。

佐藤 すごく人気がある地酒で入手が難しい原因は、確かに流通が限定的なせいです。一升瓶3000円のお酒でも、手に入らないときは入らない。確かに本来は、その潜在的な価値は、ある程度価格に転嫁されるたほうが健全であるとも言えます。日本酒のおかしな点は「値付け」にある、とよく言われます。有名銘柄も無名銘柄も、大手も中小も、だいたい価格が同じです。純米なら一升瓶で2000円くらい、純米吟醸なら3000円とか。蔵によってまるきりコストは違うはずなのに、自己規制してあまり高くならないように、蔵が値付けしてしまっている。また地酒専門店も、あまり高くないほうが楽に売れるので、暗にそうした要請を蔵にしている場合も多かったように思います。

朝倉 地酒流通網を裏切ってまで、自分たちで直販はできないというわけですか。ネット販売に、温度や保管といった物理的な問題があるわけでもないんですよね。

佐藤 正直、私は直販や広域流通網での販売は考えていません。デフレが常態化した日本の小売業、特にスーパーマーケットやドラッグストア、郊外百貨店、コンビニなどの販路で、ブランドが生まれることはないですし、むしろブランドは消費されるばかりです。確かにワインのように、どんな銘柄でも、金さえ出せば手に入るというのが、普通の健全な市場のあり方なんでしょう。日本酒もそういう世界を目指すべきだ、という考えもあります。

 ただし、ワインは輸出商材として発展してきた歴史があり、特にイギリス、フランスを中心に国策的な付加価値づくりを長年行ってきています。いまや、世界各地にソムリエの組織があり、専門のジャーナリストがいて、話題を作り続けています。さらに個々のワイナリーや銘醸地もそれぞれ独自の世界戦略を持ち、常に膨大な投資をしてマーケティングを行い、みずからブランドを構築しつづけています。こうしたことができるから、一方的に消費されるだけではなく、販路を広く取りながらも高値で売り抜けられるのでしょう。

朝倉 今の日本酒業界には難しいでしょうか。

佐藤 残念ながら、そうした意識は日本酒業界にはまだありません。我々も変わっていかねばならない。蔵元自身も、内心不安を抱えながら売り手にすべてお任せするのではなく、自身でもより付加価値を上げる取り組みを行うべきですし、酒販店さんも、自分たちの店で扱うことが蔵元さんのブランドにもつながる、というふうにお互いが高め合える方向にいったほうが健全でもあります。

朝倉 たとえば、書店は斜陽産業だと言われているなかでも、代官山の蔦谷書店は面白いから行ってしまう。そういう付加価値を、販売店も出せるということですよね。

佐藤 そうなんです。一部の酒屋さんは実際に進化してきてますしね。リスクを背負ってでも、高級な複合商業施設などにどんどん出てきている。こうした流れが加速していくことは、望ましいことだと思っています。そもそも多くの人の需要がなければ、高い価値も生まれないのですから。