水があるのに、どうして空気の猛威が消えないのか

 出版仲間と独立するか、という山本氏の話には重要なポイントがあります。資金がないという「水」を投げかけられても、同じ空気が繰り返し起こったことです。

 私は何度か、否、何十回かそれを体験した(*5)。

 必ず成功するという空気(前提)が盛り上がる度に「水」を差しても、なぜ独立の空気がまた盛り上がるのか。戦艦大和の出撃の議論と同様、「独立する」はダミーの目標だからです。

●出版仲間で独立する話が盛り上がる理由
「空気(願望の前提)」=必ず売れそうな本(だからみんなで独立して出版しよう)
「水(現実を土台とした前提)」=資金がなければ独立はできない
「隠れた本当の動機」=今の会社員生活は、不自由や不満が絶えない

 つくりたい本、仲間と独立して成功したいなどの気持ちは、実際は現在のサラリーマン生活が、不自由で待遇に不満があるという隠れた願望の裏返しかもしれません。

 そうであれば、資金があるか否かという現実の障害とは関係なく、独立願望は何度も立ち上がります。サラリーマン生活が不満、不自由だという空気には水を差していないからです。

「水」の基本は「世の中はそういうものじゃない」とか、同じことの逆の表現「世の中とはそういうものです」とかいう形で、経験則を基に思考を打ち切らす行き方であっても、その言葉が出て来る基となる矛盾には一切ふれない(*6)

水を差しても空気が消えない理由

 戦時中にあった、戦艦大和の特攻の是非についての議論を再度考えてみましょう。この議論における水(現実を土台とした前提)は、沖縄特攻の成功確率がほとんどゼロということでした。これはまさに「現実を土台とした前提」です。

 しかし、沖縄特攻の真の動機は、敗戦で大和が敵に拿捕されることを絶対に避けたいということでした。これこそが「言葉が出て来る基になる矛盾」なのです。

 資金がないのに独立する、という発想はある種の無茶です。同様に、作戦の成功確率がほぼゼロなのに、戦艦で特攻するのも無茶なのです。

 なぜ、この「無茶」が出てくるかを、水は一切洞察することなく否定します。本来は、なぜ「無茶」が出てくるのか、その出発点こそ探り、解体すべきなのです。

 ダミーの目標に水を差しても、真の動機に水を差さない限り、沖縄特攻や独立話のように、無茶で無謀な空気が何度も立ち上がってくるのです。

(注)
*5 『「空気」の研究』P.92
*6 『「空気」の研究』P.87~88

 (この原稿は書籍『「超」入門 空気の研究』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)