チームの足並みが崩れたら負ける

 交渉メンバーが確定したら、交渉戦略をしっかりと共有する。
 これは、非常に重要なポイントだ。「交渉する目的は何か?」「交渉決裂ラインはどこに引くか?」「譲歩カードの優先順位は?」「交渉相手にどの程度の情報を与えるか?」などを全員が頭に叩き込んで、一枚岩で交渉に臨まなければ危険だ。もしも、相手にこちらの足並みが揃っていないことを見破られると、あの手この手で揺さぶりをかけられるからだ。

 私にも、こんな経験がある。
 特許を侵害された企業の代理人として調停に臨んだときのことだ。このときも、発言するのは私だけにしてもらうことを、クライアントに約束してもらっていた。そして、「賠償金2億円から交渉を開始。1.6億円が交渉決裂ライン。そのラインを割るようならば裁判に持ち込む」という戦略を共有した。

 ただ、クライアントはできれば裁判は避けたいと考えていた。だから、交渉決裂ラインはもう少し下げてもいいと主張していたのだが、私が「勝算はある。強気に攻めるべきだ。私に任せてほしい」と押し切った。私のエゴイズムではない。クライアントにより多くの賠償金を取らせるためだった。そして、1.7億円~1.8億円で妥結できる作戦を練っていたのだ。

 そして、調停当日を迎えた。
 調停人は、和解させるのが仕事だ。だから、できるだけ折り合いをつけやすい条件を引き出そうとする。このときも、調停人はフェイントをかけてきた。私ではなく、クライアントのほうを向いて、こうつぶやいたのだ。

「1.5億円ならば、相手を説得できそうなんだけどな……」

 もちろん、発言するのは私だけだと約束しているから、クライアントは口を開かなかった。しかし、その表情には、ありありと安堵の表情が浮かんでいたのだ。「まずい……」と思ったが遅かった。

 その表情から「1.5億円でも合意できる。訴訟を避けたいのだ」と踏んだ調停人は、その後、相手側企業が「1.5億円以上ならば訴訟を辞さない」という強硬姿勢をとっていると説得。私は、本当にそうだったとは信じていないが、「訴訟を避けたい」というクライアントの意向には逆らえない。

 結局、なんとか踏ん張って1.6億円で和解できたが、私は1.7億円~1.8億円にもっていけると踏んでいたから、「1000~2000万円は損をした」と悔しくてならなかった。

映画「ゴッドファーザー」に学ぶ交渉の鉄則

 1972年に公開されたアメリカ映画『ゴッドファーザー』に、実に興味深いシーンがある。

 物語の序盤。スロッツォという名の国際的な麻薬マフィアが、マーロン・ブランド演ずるドン・コルレオーネとの取引を持ちかけてきた場面だ。コルレオーネ一家では、それまで一切麻薬は扱ってこなかったが、ドンの長男ソニーは乗り気だった。一家は政治家と組合と賭博を押さえていたが、「麻薬こそは将来を支配する。今始めなければいずれ我々の存亡にかかわる」と考えたからだ。

 しかし、ドンの結論は“NO”。交渉当日、スロッツォは、「ドン・コルレオーネ、あんたは顔がきく。現金も動かせる。あんたの息のかかった政治家どもも欲しい。山ほど要る」と伝えたうえで、コルレオーネ一家にとって有利な取引条件を提示したが、ドンはこう答えた。

「わしが君に会ったのは、真面目な男だと聞いたからだ。話はお断りする。なぜか言おう。わしは政治家の友達が多い。だが、わしが麻薬に手を出したと知ったら皆離れていく。麻薬はうす汚い。他人が何をしようと文句は言わん。だが、君の仕事は危険だ」

 そこで、スロッツォは、なんとか可能性を繋ごうと、一歩踏み込んだ条件提示をした。それに、思わず身を乗り出して、反応したのがソニーだった。

 危険を感じたドンは、すぐにソニーの発言を制して、「わしは子どもたちに甘すぎてな、すぐに余計な口をはさむ。ともかく、この話は断る。せいぜいしっかりやってくれ。きっとうまくいく。お互い対立だけは避けてな」と交渉を打ち切った。

 そして、スロッツォが立ち去った後、ドンはソニーを呼びつけて、こうどやしつけた。「どういう気だ。女と遊びすぎて頭がたるんだか。人前で二度と勝手なことを言うな」。交渉の場で一枚岩ではないことを悟られると命取りになる。だから、「勝手なことを言うな」と叱りつけたのだ。

 しかし、時すでに遅し。
 スロッツォは、ソニーは麻薬に乗り気だと察知。ドンを暗殺すれば、長男であるソニーが一家を継ぐことになる。そうなれば、コルレオーネ一家が押さえている政治家を使って、麻薬ビジネスがやりやすくなる。そう判断したスロッツォは、ドンを銃撃。ドンは一命を取り止めたものの、これを皮切りに血で血を洗う残忍な抗争が勃発する。そして、抗争の陣頭指揮をとったソニーは機関銃で蜂の巣にされて息絶えるのだ。

 実に教訓に満ちた物語である。
 ソニーは最後まで気づいていなかっただろうが、この惨劇に至る導火線に火をつけたのは彼自身である。自らの軽率な振る舞いにより、交渉の場で一枚岩でないことをわずかでも見せてしまったことが、すべての始まりだった。そして、それは自身の命すら奪い取ってしまったのだ。