お世話になった幼稚園や保育園を卒園し、いよいよもうすぐ小学校の入学式。

これから集団生活が始まるのに、まだ片づけやあいさつができなかったりすると、親としては不安になりますよね。

本記事では、子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介し、発売直後に重版が決まるなど注目を集める新刊『子どもが幸せになることば』の著者であり、4人の子を持つ医師・臨床心理士の田中茂樹氏が、もうすぐ小学生になる子どもが、指をしゃぶったり、爪を噛んだりと「幼児帰り」と思えるような行動をとったときに、親がかけてあげたい言葉を紹介します。(構成:編集部/今野良介)

もう、小学生になるのに……

幼稚園年長のBくんの母親が、相談に来ました。

4月に小学校入学をひかえ、ここ1ヵ月ほどの間に、指しゃぶりをするようになったそうです。

両親は「注意するとかえってよくない」と思って見守っていましたが、なかなかなおらない。母親は、Bくんと歩いているときに指を口に持っていきそうだと感じたら手をつなぐなど、Bくんに指しゃぶりをさせないようにしていると言いました。

両親ともに、「もうすぐ小学生になるのに、こんなことで大丈夫だろうか」と、心配していました。

この相談を受けたのは、2月ごろのことでした。

母親によると、幼稚園でも先生から「もうすぐ小学生になるのだから、きちんとあいさつしましょう」とか「片づけましょう」などと、何かにつけて「しっかり」するよう言われているようでした

Bくんは、家の中でもランドセルを背負ってみたり、鉛筆を削ったりとうれしそうにしていたようですが、いろいろと緊張もしていたのでしょう。

私はこの話を聞いて、Bくんは、小学生になることへの不安を、「指をしゃぶる」という方法で乗り切ろうとしているのだろう、と思いました。

そこで、ご両親には、まず表面的な仕草にとらわれるよりも「自分でなんとかしようとがんばっているんだな」と理解して見守ってあげることをすすめました。そして家庭では「もうすぐ小学生になるのだから」などの言葉は控えましょう、とアドバイスしました。

親から注意されなくても、幼稚園の先生や友だちの話から、Bくんは十分すぎるほど、新しい生活への覚悟を決めなければと感じているはずです。

だとすれば、親のすべきことは、Bくんのプレッシャーを減らしてあげることです。頼りなく、のん気に見えるかもしれませんが、子どもたちはみな、新しい生活のことを彼らなりに強く意識しているのです。

新生活に不安を感じるのは、大人も子どもも同じ。

入学前になって、指をしゃぶったり、爪を噛んだりしている子どもを見ると「もう小学生になるんだから、そういうのはやめとこうね。」などと言いたくなるかもしれません。

でも、もし私なら、プレッシャーを感じている子どもの気持ちを意識しながら、「小学校、楽しいといいねぇ」など、不安に寄り添うような言葉をかけたいと思います。
 

その後、Bくんの「問題」は解決しました。

Bくんが指しゃぶりをやめられたからではなく両親がBくんを受け入れられるようになったことによるようでした。

この面接のしばらくあと、わが家の4人兄弟の末っ子が小学1年生になって、初めての授業参観に行ったときのことです。

子どもたちは、後ろに並んでいる親たちのほうをうれしそうに振り返ったり手を振ったりしていましたが、先生が話を始めると、みんな静かになって真剣な表情になりました。

そして、私はあることに気がつきました。なんと学級の半分以上にあたる15人が、親指をくわえたり、手で口を触ったりしていたのです。

私は、幼い彼らの真摯な姿勢に感動しました。そしておそらく今ごろ、どこかの小学校の授業参観でがんばっているであろうBくんのことを思いました。

かつて、私はあるカウンセラー養成の大学院で教員をしていました。そこで臨床心理学者の駒米勝利さんという先生と出会いました。

この先生はいつも「症状はその人にとって大切なものです。簡単にとってしまってよいはずがありません」と言っておられました。

その言葉は、医師である私にとっては、とても意外でした。「症状をとってほしいから患者さんは診察に来られているのでは?」と不思議に思っていましたが、カウンセリングを学ぶうちに、先生の言葉の意味が少しずつわかってきました。

目に見える「子どもの問題」を、すぐに取り去らないといけないやっかいなものと思わないこと。その代わりに、この「問題」はこの子が一所懸命あみだした大切な対処法なのかもしれないと思って向き合うこと。

たとえば、だらけているだけ、さぼっているだけに見えたとしても、そのような方法で「NO」を伝えようとしているのかもしれません。

私は、子どもの「問題行動」をすべて受け入れなさいと言っているわけではないのです。「この行動は、この子にとって何か意味があるのかもしれない」と、いつも心のどこかで思っておいたほうがいい、と言いたいのです。

それは、子どもの大切なSOSかもしれないからです。