めでたく二人目の子どもを授かった家庭。でも、新たに弟や妹ができて、赤ちゃん返りする「上の子」に、困ってしまうことがありませんか。

特に、授乳期で慢性の睡眠不足に悩まされている時期は、赤ちゃん返りに十分に応えてあげることは難しいです。「こんなわがままを聞いていたら、この子はこの先、困るのではないか?」と、不安になることもあるかもしれません。

本記事では、子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介し、発売直後に重版が決まるなど注目を集める新刊『子どもが幸せになることば』の著者であり、4人の子を持つ医師・臨床心理士の田中茂樹氏が、赤ちゃん返りを起こす「上の子」に、親がかけてあげたい言葉を紹介します。(構成:編集部/今野良介)

赤ちゃん返りは「健全なSOS」です

妹や弟ができることは、幼い子にとって、すごくうれしいことです。赤ちゃんに会えることをとても楽しみにしているのが、よくわかります。

それと同時に、親の愛情、とくにお母さんの愛情を独り占めできなくなることに、お母さんのお腹が大きくなり始めたころから、すでに不安を感じているようです。親は、どうしても赤ん坊の相手が忙しくなりますので、上の子は「後回し」になる場面が増えてきます。

こういうとき、しばしば経験するのが、いわゆる「赤ちゃん返り」です。

はじめに書いておきますと、赤ちゃん返りは子どもの健全なSOSです

自分にはいま、お母さんお父さんの愛情が要る。でも、まだ上手に言葉で言えない。また、もしかしたら、忙しそうな親に迷惑をかけたくないとか、いいお兄ちゃんやお姉ちゃんでありたいという思いから、甘える気持ちを抑えすぎているかもしれません。そのバランスをとるかのように、赤ちゃんになって愛情を受け取りたいと、わざとではなく、自然に行動が出てきているのかもしれないのです。

でも、親のほうも、疲れていたり、忙しかったりします。とくに授乳のころは、慢性の睡眠不足で大変なことも多いですし、上の子の赤ちゃん返りに十分に応えてあげることは難しいでしょう。

それまでは聞き分けのいい子だったのに、こちらがこんなに忙しいときに、そしてそれをわかっているようなのに、無理を言うようになった子どもに対して、親も怒りがわくかもしれません。

「こんなわがままを聞いていたら、この子はこの先、困るのではないか?」と、不安になるかもしれません。

そういう場合に、「赤ちゃん返りは子どもの健全なSOS」ということを心に置いておくと、少し余裕が持てます。

赤ちゃん返りという形でしか愛情を求められない子、甘えられない子は、親の気持ちがよくわかる聞き分けのいい子です。やさしく接しても大丈夫なのです。

「あなたがいてくれるから幸せだよ」
「◯◯ちゃんが生まれたとき、ママやパパはすごく幸せだったよ」

そういう言葉をかけてあげるといいでしょう。赤ちゃん返りのような「困った行動」をしてまで子どもがほしがっているのは、そのような愛情を感じられる言葉やスキンシップなのですから。

 

あるとき、小学3年の男の子の母親が、相談に来ました。

 

学校の宿題ができないと泣き叫ぶ。「プリントがなくなった」と言っては、母親にいつまでも探すように命じる。怒り始めるきっかけはいろいろですが、しまいには、母親をたたいたり、ものを投げつけたりするほど激しく怒るといいます。

この男の子には、3歳の妹がいました。このように荒れ始めるまでは、すごくやさしいお兄ちゃんだった、とのことでした。激しく怒ったり、かんしゃくを起こすのは、赤ちゃん返りの典型的なケースです。症状の出るタイミングがかなり遅めですが、それにも理由がありそうでした。

面接では、甘えは悪いことではないこと、甘えさせてあげることで本人が自身の力で立ち直っていくことを説明しました。

母親がやさしく接するようになると、その日から、甘え方が一気にエスカレートしました。歯磨きも、着替えも「ママ~、おねがい~」と頼んでくる。朝起こしたら「だっこ~」としがみついてきて、そのまま食卓までおんぶして運んだり。着替えも、全部着せてもらいたがる。

「自分で着たら」というと泣き出したり、「おまえがやれよ!」と怒鳴る。それまでは好き嫌いがなかったのに、好きなものしか食べなくなったり。

「本当に、こんなことでよくなるのですか?」

翌週の面接で、母親はたずねました。

それに対しては、「よくなります。ただし、『よくなる』というのは、また前のような聞き分けのよい子になるということではなく、自然な子どもらしい子になる、という意味です」と説明しました。

この男の子は、妹ができて、妹が大事にされているのを見ているうちに、自分でも妹をかわいがっているうちに、自分が小さいときに甘えそこなっていたことに気がついたのかもしれません。本人は、意識していないでしょうが。

甘えが強まりすぎて、怒りになることもあります。現実の世界では、なんでも思い通りになることはありません。その場合に「どうしてお母さんは、ぼくの思う通りにしてくれないの!」と怒りが出るのです。

ここ

この甘えは、親に対する「信頼」や「期待」と同じです。

この甘えを受け入れてもらえることは、子どもがこれからこの世で生きていくためにとても大切です。この世の中や人々に対する、安心や信頼の根っこになるものなのです。「自分はこの世で生きていっていいんだ」「この世界は安全なところなんだ」という確信を得るための、大切なプロセスなのです。

なんでも思い通りにしたい。そしてそれをお母さんがもたらしてくれる、という感覚を確認しているのです。赤ん坊や幼児は、それを経験して成長していきます。

赤ちゃん返りをした子どもは、赤ん坊のように大事にされたり、思い通りにならずに泣き叫んだりかんしゃくを起こしても、見捨てられることがないことを「体験」することで、「そのままのあなたでいい」という確信を得ていきます。

教えられて学ぶものではなく、体験で実感するものなのです。

この母親自身も、下に弟や妹がいて、幼い頃から母親の手伝いをして弟の着替えや食事を手伝っていた記憶があるそうです。母親の両親は、あまり仲がよくなく、父親が母親を怒鳴っていたり、母親が泣いていたりするようなことが多かったといいます。「自分はお母さんを助けてあげないと」と、彼女はいつも、そう考えていたそうです。

その話を聞いて、この男の子は、かつて母親が甘えそこなった分をとり返してあげるかのように、甘えているのかもしれないと私は思いました。

このようなケースは、よくあります。ときに暴言と言えるようなひどい言葉を吐いてまで子どもが親に甘える姿は、とても不思議な感じさえします。

そのようなとき、「この子は、もしかしたら、私が親に対して甘えられなかったことを、やり直してくれているのかもしれない」という気持ちで、泣いたり怒鳴ったりしている子どもに向き合ってみることを、私は親にすすめています。

今、自分は親として子どもに甘えられているけれど、もしかしたら、子どもに戻って、あのころ甘えられなかった気持ちを親にぶつけているのかもしれないと、考えてみるのです。

そしてあのころ、さみしかったりつらかったりした自分に、親となって向き合うつもりで、思い切りやさしく接してあげるのです。

そのとき、自分の中にどんな感情が生まれると思いますか。

もし、あなたが子どもの赤ちゃん返りに出会ったら、ぜひ、確かめてみてください。