子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まるなど、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。

本記事では、「歯磨きをするかしないか」で毎晩子どもとバトルを繰り広げて疲れてしまっているお母さんお父さんが、少しラクになれるお話を、事例とともに紹介します。(構成:編集部/今野良介)

「歯磨きしないなら、おやつ食べさせないぞ!」

3歳の息子さんと、そのお父さんは、毎晩バトルになっていました。

歯磨きをするかしないか、で。

そのお父さんは歯科検診に子どもを連れて行ったとき、待ち合い室のポスターに

「子どもの虫歯は親の責任です」

と、書かれていたのを見て、自分がしっかり磨かせないといけないんだ、と思ったようです。

息子さんは、歯磨きが特別嫌いでもなかったようですが、お父さんがしつこく言うからか、反発して「あとで!」と言ったり、まだ磨いていないのに「もう磨いたよ」と、ウソをついたりするようになっていったそうです。

はじめのうちは「歯磨きをしないのなら、もうおやつは食べさせないぞ!」などの“兵糧攻め”や、「歯磨きをするなら遊園地に連れて行くよ」などと“ご褒美で釣ったり”していました。

しかし、バトルはだんだんエスカレートして、最近は毎晩のように泣き叫ぶ子どもを、無理やり押さえつけて磨いている状態だったそうです。子どもを床に寝かせて、両手を足で押さえて、無理やり口を開けて磨いていた、と。

別のケースで、保育園で他の子をたたいたり、ものをぶつけたりという「問題行動」が出てきて相談に来られた親がいました。やはり、親がかなり無理やり歯磨きをしているようでした。

詳細は書きませんが、毎晩押さえつけて歯磨きすることをやめると、子どもの「問題行動」が、やがておさまっていきました。

なぜなのでしょうか?

正確なしくみは定かではありませんが、子どもの問題行動は、押さえつけられて歯磨きをされることへのSOSだったのではないでしょうか。

ところで、私の家の4人の子どもたちは、歯磨きが好きな子もいれば、めんどくさがりで磨かない子もいました。とくに末っ子は、感覚過敏のために、歯磨き粉のにおいはもちろん、歯ブラシの感触も受け付けず、小学生になるまで歯磨きをしていませんでした。

保育園では、なんとか辛抱して歯磨きの真似ごとはしていたようですが。それでも虫歯はありませんでした。むしろ、毎日よく磨いていた兄のほうが虫歯があったりして。なので、さほどこだわることはないのだなと私は思っています。

私が言いたいのは、「子どもは磨かなくても必ず虫歯になるわけではない」とか、「磨きたくないなら磨かせなくてもいいよ」ということではありません。歯磨きをきちんとできることは、子どもが身につけるべき望ましい習慣であることに、異論はないでしょう。

しかし、嫌がる子どもを押さえつけてまでやらねばならないほど、それほど絶対必要なことなのか。その利益衡量、つまり「メリットとデメリットはどちらがどれぐらい多いのか?」を考えるべきだと思うのです。

歯磨きは、泣き叫んで抵抗する子を押さえつけてまでやらねばならないほど、それほどまでに切羽詰ったものではないはずです。

歯磨きはもちろん大切な習慣。でも……

 

たとえば予防接種の場合、病院の先生も押さえつけて注射をすることがありますね。暴れると危ないですし、予防接種の大切さは幼い子に説明してもわかりづらい。病気になることのリスクを考えれば、予防接種はすべきなのです。

しかし歯磨きは、嫌がる子に対して力を使ってやらせなければならないことなのでしょうか。それを冷静に考える余裕が、子育てを楽しくすると思います。

「そんなこと言って、ずっと磨きたがらなかったらどうしたらいいんですか!」

「他の子はみんなきちんとできているのに、うちの子だけは磨かないまま放っておくなんてできません!」

そのような質問や意見は、私の講演でもよく受けます。でも、これはすぐになんとかしなければならないやっかいごと、つらいけど取り組まねばならない苦しい仕事ではない、と私は考えます。

やがて小学生になれば、磨くようになるんです。思春期になって、気になる相手ができてきたら、マウスウォッシュやら、ミントガムやら、そんなものまで自分で買ってくるんです。

なので、歯磨きという習慣と、この子がどうつき合っていくのか。その長いつき合いのはじまりの地点に私たちはいるのだなぁと、のん気に構えても大丈夫です。これは困ったことではなくて、笑える話だと思ってもいいでしょう。

「うちの子は歯磨きが大嫌いで、困ったもんです!」と言ってもいいんです。

「上手にしっかり育てないと……」と追い詰められていると、「たかが歯磨き」でも、焦って、悩んで、親も子も苦しむことになりかねません。

子どもが育つ過程では、いろんなことがあります。早くできることもあれば、なかなかできないこともある。

でも、どのプロセスも、うまくいっても手こずっても、少し客観的な視点で、それ自体が宝物のような体験だということを思い出してみてください。そういうゆとりを持つことができたら、「子どもの歯磨き嫌いぐらい屁でもない」と、気楽に向き合えるようになります。

歯を磨かない子どもが問題なのではなくて、「歯磨きぐらいどーってことないよね」と思えない自分の余裕のなさのほうに意識を向けてみると、景色が変わりますよ、という話なのです。