社会派ブロガーとして人気を博すちきりんさんの最新作『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』発刊を記念し、ちきりんさんとLIFULL HOME'S総研所長であり、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会の設立発起人でもある島原万丈氏の対談が実現。現代の日本が「住」に抱える問題点が次々に浮かび上がっていく。

対談第3回では、住宅を買う意識の変化にフォーカスが当たった。従来、大工や棟梁と作り上げる完全オーダーメイド型の戸建てから、分譲賃貸や建て売りといった「等価値交換としての住宅」に変化していった際に起きた変化に着目。また、ちきりんさんの実体験から、今このタイミングで中古マンションを買うことの問題提起も鋭く光った。(第1回はこちら

「新築を買う」と「リノベーションをする」の本質的な違いとは

島原 今回、ちきりんさんが本に書かれたことで、僕の知り合いを含めたリノベーション業界の人たちがすごく喜んでいる箇所があります。それは「リノベーションとは共同プロジェクトである」と表してくれたことです。業者と協力して住まいの問題を解決していくプロセスも“リノベーション”なんですよね。

おそらく「ここの壁紙のちょっとしたズレが気になる!」みたいなことばかりを伝える方たちは、それが自然には理解できないはずです。

リノベーションの盛り上がりが、一時のブームに終わらないわけ「共同プロジェクト」については『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』第3章で詳しく解説されています。(撮影/編集部)
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ちきりん そこが伝わって嬉しいです。わが家のリノベは大成功だったと思うけど、細かい問題はたくさん起こりました。その中には、後からお願いして直してもらった部分もあるし、「たいしたことじゃないから、もうこのままでいいです」みたいになった部分もあります。

問題が起こるか起こらないかが大事なのではなくて、お互いに協力して上手く解決できたかが大事。「共同プロジェクトのメンバー」として一緒に問題解決をしていく姿勢が、リノベの成功には不可欠だと感じました。

島原 ただ、今は多くの住まい手が「新築を買う」という行為をしていますから、完璧に機能しないみたいなことは絶対に許されないわけですよね。

ちきりん たしかに。新築マンションや建て売り住宅を買うこと、そしてリノベ済みマンションを買う行為は、共同プロジェクトではなく等価値交換取引ですから。

島原 本当に「完璧な製品」というのか、精密機械製品のように細部の精度を求めてくる人が多いのは事実です。たとえば、新築マンションの内覧会で、壁紙のわずかな小傷などを見つけて「壁紙のここに擦り傷がある」と付箋をたくさん貼っていく方がいらっしゃいます。すると、指摘されたらゼネコンは直すわけです。

その部分だけを塗ったりして済ませられませんから、広い範囲のクロス一面を張り替えないといけない。工事の手戻りは著しく生産性を下げますから、ゼネコンとしてもできるだけリスクを取りたくない。

ちきりん 個性的なものを求める気持ちと、施工の完璧性が両立しにくいってことも、リノベして初めて理解できました。新築マンションのような白くて細かい凹凸のある壁紙は傷も貼り合わせ部分も目立たない。私が選んだ個性的な壁紙より厚みもあり、施工もラク。傷ひとつ許さない消費者がいると、壁紙は「白の凹凸模様」にせざるをえなくなる(笑)。

日本がまだ貧しかった時代、高度経済までのあたりなら、みんな同じような家に住んでてもよかったと思います。でも平成を過ぎて令和になって、今はもうそういう時代じゃない。そろそろ、もっと個性的、多様性に富んだ家に住もうよ、ってタイミングだと思います。

島原 そうですね、団地の環境は良いので、住戸の中はリノベして。

ちきりん 衣食住のうち、衣と食の多様性はすごく高いので、次は住の多様性を求めたいものです。

大量生産を経て「完成品を求める」消費者が生まれた

島原 改めて言われると、住宅メーカーにはトヨタやパナソニックといった、まさに商品という完成品を売り、相応の金銭と等価値で交換してきた大手企業が進出してきていますから、その文化から発生する影響もあるのかもしれません。

ちきりん たしかに「細部まで均一な品質を保証するかわりに、全員が同じモノを持つ」という高品質で画一的な消費文化は、日本人のモノ造りメーカーへの高い支持が生み出したものともいえそう。

リノベーションの盛り上がりが、一時のブームに終わらないわけ島原万丈(しまはら・まんじょう)
株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長
1989年株式会社リクルート入社。グループ内外のクライアントのマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略策定に携わる。2005年よりリクルート住宅総研へ移り、ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)でLIFULL HOME’S総研所長に就任し、2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市]』、2017年『寛容社会 多文化共生のための〈住〉ができること』、2018年『住宅幸福論Episode1 住まいの幸福を疑え』、2019年『住宅幸福論Episode2 幸福の国の住まい方』を発表。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。

島原 現在でも戸建て住宅建築に関しては、全国の中小工務店がほとんどを担っており、大手ハウスメーカーのシェアってそれほどないんですよ。おそらく1割ほどといわれています。ただ、マンション建築は大手のシェアがどんどん広がって、5割近くになっている。

戸建て住宅といえば本来、小さな工務店とやり取りしながら、お客さんのオーダーメイドに合わせて造っていくような仕事なんですね。昔ながらの「大工」と「施主」の関係も、ある程度は共同事業型のはずだったわけです。けれども、そこにハウスメーカーやパワービルダーが表れてきた。さらに、出来合いのマンションや戸建てを売る「分譲住宅」という事業が出てきたこともあり、「完成品を売る」側面がすごく強くなったのでしょう。

ちきりん なるほど。昔は家だって注文住宅で共同プロジェクトだったのに、高度経済成長期に「等価値交換として家を売る」取引に変わっていった。それを経て共同プロジェクトという感覚も薄れてしまったと。

島原 大量生産の時期を経て、完璧なものを求める消費者がお客さまになっていった。

ちきりん すごく面白い変遷です。

島原 あとは、一般的に工務店や建築家が家を造ろうとすると、一軒ずつ着工前に「建築確認」を各自治体に取らなければいけません。ところが、ハウスメーカーの中でも、プレハブ住宅といわれるような形式の家では、大量供給をするため「型式適合認定」という仕組みを採用しています。材料や構造などを同一の形式にすることで、個々の建築確認申請を簡素化できるんです。

買い手側からするとカスタマイズできる部分がすごく少ないんですけれども、より素早く、簡単に作れます。それも「等価値交換型の家」に人々が移ってきている一因でもあります。ちなみに、日本の木質プレハブ住宅のスタートは、ミサワホームが南極で造った家だといわれています。

ちきりん そうだったんだ! 部材をできるかぎり作り上げてから持っていき、現地で簡単に組み立てられるようにしたわけですね。

島原 そうです。その考え方って、日本全国で造られる工業型の住宅にもすごく近いじゃないですか。そして、メーカーとしては、本来は良いものを均質性高く、大量生産することによってコストを下げていくことがビジネスモデルのはずですよね。ところが、どんどん高機能化され、ハウスメーカーの家がコストダウンされたことはあまりない……(笑)。

「家を建てる/買う」という行為は、むしろ特殊だった

島原 そもそも、これは日本人に限らず、おそらく欧米諸国も含めてですが、歴史的に見て一般庶民が「新築の家を建てる」とか「家を買う」とかいった時代こそが短いわけですね。

ちきりん そうか。昔は貴族でなければ家なんて自分で建てなかったんだ。日本だって昔の庶民はみんな長屋に住んでるし。

島原 日本で、たとえば戦前の東京で持ち家に住んでいたのは1割ほど。全国的にみても都市部ではほぼ8割は賃貸住宅だったそうです。そして、家が新築される理由は地震か火事で無くなるからです。

結婚した夫婦が独立するから新築の家を建てます、なんていうのは戦後の話であって。都市は焼け野原になって住む家がない上に、人口が増えてきたことの相乗効果だったわけです。ところが、戦争で都市が焼けなかった欧州には、貴族が建てた古い家を庶民がリノベーションして住んでいるという現状があります。

ちきりん つまり、欧米でさえ一般庶民は自分で家なんか建てず、リノベーションして住み継いできたってことですね。ただ日本の消費者は新しいもの好きだから、経済的に払えるならリノベより新築を好んだのかも。

島原 そうですね。そこで検証されるべきは、新築が「普通」になった時代こそが特殊であって、第二次世界大戦後の一時のことだったかもしれない、ともいえるわけです。

ちきりん ってことは、昨今のリノベーションブームは歴史に戻るプロセスとも言える? とはいえ建物全体にだって寿命がきますよね。ちゃんとメンテしないと。

島原 都市の建物を思うと、特にマンションはそうそう壊せないので、今後は「都市のインフラ」みたいになっていくのだろうと考えています。橋や道路と同じくインフラとして見て、前時代の人が投資をしてくれたものを、子孫である我々が改修しながら使っていく感覚になるんじゃないかと思うんですね。

ちきりん 政府は長期優良住宅の普及に向けていろんな手を打とうとしていますが、それらも時代の流れってことですね。

中古マンションを「正しく」理解して買っているのか?

ちきりん 自分で経験してみて、リノベーション自体はとても価値が大きいと理解できたんですが、中古マンションの購入に関してはいろいろ問題もあるかなと思ってるんです。

中古マンションを買う人の多くは「新築マンションが高すぎるから」という理由で中古を選びます。でも築40年ともなれば、建物全体にいろんな問題がでてきます。それを解決するのは区分所有者の集合体である管理組合で、マンションの管理自体がひとつの共同プロジェクトなんだけど、買う側でそれが理解できてる人は多くないと思うんです。

島原 ちきりんさんの場合は新築で購入され、20年ほど住んでのリノベーションですから、事情が異なりますものね。

ちきりん 私がリノベしたのは20年前に新築で買ったマンションですが、別の言い方をすれば「今からまだこの築20年の中古マンションに住み続ける」という決断したとも言えます。そしてそういう決断ができたのは、自分自身がこのマンションの管理を20年間見てきたからです。

でも新たに中古マンションを買うとしたら、管理組合がどれくらい機能しているか、まったく知らないまま買うことになる。それって結構怖いなと。新築マンションなら最初の10年ぐらいは雨漏りや外壁割れなどが起こっても、売った不動産会社に瑕疵責任があってなおしてくれますよね?

島原 ええ。10年間はそうですね。

リノベーションの盛り上がりが、一時のブームに終わらないわけちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計30万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』(ダイヤモンド社)のほか、『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。

ちきりん つまり新築だと、最初の10年間は管理組合の機能がそれほど求められないんですよ。文句を言えば売り主がなおしてくれるから。その後も築20年くらいまでは大きな問題も出ない。問題が増え始めるのは築30年以降くらいでしょ。

そもそも建物は必ず老朽化するわけで、40年たっても50年たってもいっさい問題のでない建物なんて存在しません。「問題がないマンション」とは、「問題が起こっていないマンション」ではなく、「問題は起こったけれど、管理組合が機能していて問題を解決できているマンション」です。つまり、住民の共同プロジェクトとしての管理が成功してるマンションなんですよね。

私はこのことを、20年間、区分所有者としてマンションの管理組合の実態を経験することで理解しました。ところが30代半ばで初めての持ち家として築30年の中古物件を買えば、住み始めて数年で建物全体の老朽化に伴う問題に、共同プロジェクトの一員として対応しなくちゃいけなくなります。そういう概念がわかってないと、「買ってまだ数年なのに、なぜ誰かが補償してくれないの?」って思ってしまいそう。

それに、新築でマンションを買った場合は、建物に問題が出始める築30年の頃にはローンも終わってますよね。だから管理組合が機能せず、メンテが滞り始めたら売却して逃げることもできる。でも中古マンションを買って5年後に問題が出た場合、ローンもたっぷり残ってて簡単には売れない。問題は自分達で組合を運営して解決していくしかない。

築年数のかなりたった古いマンションって、そういうことを理解したうえで買わないといけないのだけど、売る側はその辺をちゃんと説明しない。だってそんなことを言いだしたら、みんな怖くて中古マンションを買わなくなっちゃう(笑)。

島原 僕としては、マンションの管理については新築のほうが不透明な部分が多いのかなと感じます。ちきりんさんのマンションは20年うまく住めた実績があるけれど、今は500戸のマンションなんかもざらにあるわけですね。

ちきりん タワーマンションとか。

島原 そうそう。ただ、それだけあると、500世帯が様々な思惑で部屋を買っている。住むのではなく投資を目的に買っている人たちもいます。全員が合意していかないと決まっていかない管理組合を、これから20年、30年と良好に運営していけるかは、もう全く不透明ですから賭けでしかないわけですね。

築20年を過ぎた中古マンションを買おうと思ったときは、すくなくとも組合による実績は確認できる。共用部が荒れていれば、「大事にされていないマンションだな」とか。

ちきりん 少なくとも自転車置き場やゴミ置き場が荒れてるマンションはぜったい買いたくない。共用部を見るのはすごく大事ですよね。

島原 つまり、必要なのは「このマンションの一員になる」という覚悟ができるか。あるいは、その態度が持てるか。それこそが買う側に求められる判断ですけど、買う側としては中古マンションのほうが情報が与えられているわけです。

ちきりん たしかに中古マンションのほうが過去の実績データは手に入りやすいですね。新築マンションについては、私が買った頃と今では事情がだいぶ違うのかもしれない。

当時は、2LDKみたいなファミリーマンションを投資目的で買う人は多くなかったのかも。同じ時期に買った人の多くが「夫婦共働きで、通勤にも便利な場所に、子育てもしながら、20年は住むつもりで買おう」と考えてたと思います。しかも全員が、銀行から融資がおりる程度の年収も得ていた。経済力も似通ってる。だから修繕などメンテの決断にもそれほど大きなズレが起きにくい。

でも大規模なタワーマンションで、そのうち3割の購入者が投資目的だとすると、「外から見えない部分には修繕費を使いたくない」という人もいるだろうし、2年後に売り抜けたい人にとっては、次の10年を保たせるための設備に積立金を使うのはヤですよね。

私が過去20年間、マンションの管理組合を見てきて思うのは、「住居者の、家に対する思い入れが一致していればいるほど管理がうまくいく」ってことです。たとえば私が80歳で1階に住んでいたら、老朽化したエレベーターの取り替え工事なんて賛成できないかも。資産価値なんて下がっても問題ないわけですから。

反対に、自分が8階に住んでいる80歳だったら「3週間ほどエレベーターを止めて交換します」と言われても、「悪いけど私が死んでからやってよ」って言いそう(笑)。

つまり、住んでいる人が「あと何年ここに住みたいか」がバラけ始めると、修繕費の使い道などの歩調が合わなくなるんですよね。だからスゴク高い、広い部屋と、ワンルームみたいな部屋が混ざったマンションもあまり好きではありません。全部の部屋が同じタイプのほうが住民のプロファイルが近くなるから管理がラクかなと。

いずれにせよ中古マンションを買うときの最大のポイントは管理状態だと思うので、そこはほんとしっかりチェックしたほうがいいと思います。【続く】

(構成/長谷川賢人 人物写真/疋田千里)