社会派ブロガーとして人気を博すちきりんさんの最新作『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』発刊を記念し、ちきりんさんとLIFULL HOME'S総研所長であり、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会の設立発起人でもある島原万丈氏の対談が実現。現代の日本が「住」に抱える問題点が次々に浮かび上がっていく。
対談第4回では、マンションに関しての権利問題を取り上げる。その深掘りは、図らずも戦後日本の社会における「ある未熟さ」を露呈していく。また、最近流行の「一棟まるごとリノベーション住宅」の注意にも触れる。(第1回はこちら。)
「与えられた民主主義」と同じ課題
島原 規模はさまざま異なれど、マンションは共同体なんですよね。ある意味では「都市の運営」と同じような感覚です。意見の合わない人、価値観が合わない人が当然に混ざっているという前提で、いかに物事を進められるか。ただ、これは日本人がたぶん苦手な分野で……。
ちきりん すごい苦手ですよね。リーダーシップ問題だから。
島原 もともとマンションは、一戸ずつに対して「区分所有」という権利の持ち方を取っています。ただ、欧米の流れで見ると、区分所有は後から出来た概念です。もともとはイギリスなどで多い「リースホールド」です。土地と建物を持っているランドオーナーが、建築物についても責任を背負うもので、99年といった区切りの定期借家として貸し出しています。
つまり、建物そのものの管理はオーナーまたは法人の仕事になります。アメリカの東海岸などに見られるコアップと呼ばれるコンドミニアムも、リースホールドと同じ仕組みですね。
ちきりん 建物共用部のメンテナンスは住人が話し合って進めるのではなく、オーナーが一人で決められるってことですね? それだと大規模修繕についても話が早そう。
島原 ええ。そして、区分所有はイギリスで「住んでいる我々も建物の経営や運営に参加したい」という機運が高まったのが成りたちといわれます。その概念が生まれたのは、ここ100年以内です。一方で、日本に現在のような民主主義が導入されたのが70年ほど前。しかし、区分所有の考え方は1960年代にはすでにありました。
ちきりん そうか、区分所有者がみんなで話し合って建物を管理しようという制度自体が、民主主義同様、海外から「持ち込まれた」発想だったんですね。イギリスみたいに「自分たちも管理に参加したい!」という意欲から得た権利ではないと。
そうかー。選挙の投票率の問題とも似てますね。貴族しか選挙権がなかった、男性しか選挙権がなかった。そういう時代を知ってる人の投票率は高いけど、「選挙権なんて最初から与えられてた。自分が求めて得た権利ではない」という今の人にはその意義がわかりにくい。
島原 しかも、そこで取られたスタンスは「あなたたち一人ひとりが区分のオーナーです。だから、マンションだって、あなたは一国一城の主なんですよ」と。
ちきりん 小作農だったのが自分の田んぼを与えられたんだから、もっと一国一城の主として、愛着をもってメンテしようということですね。
「一棟まるごとリノベ」の注意点
島原 「市民」や「民主主義」といった考え方、あるいは共同体としてのコミュニティをいかに運営していくか。それらの成熟がないままに、現代の日本は640万戸のマンションを造ってしまっている。その状態で「マンションを買う」という選択は、リスキーといえばリスキーですよね。
ちきりん なんか深い話になってきましたね(笑)。上からの指示を待たず、自分達で話合って問題を解決していくのが苦手な日本社会の未熟さが問題ってことですね。でも、だからこそ、これから学んでいくべきなんだと思います。
ぶっちゃけ私みたいな人は、20年前に買ってるからローンも終わってるわけです。ずるい言い方をすれば、管理が悪くなれば引っ越しちゃうことも難しくない。
でも、ローンがある人は逃げられないでしょ。すると古いマンションは、経済的に逃げられない人ばかりで管理することになる。もちろん、そういう人達のほうが自分ゴトとして真剣にメンテに協力できるのかもしれないけど(笑)。
つまり選択肢はふたつってことでしょうか。「物件が築40年に達するまでに返済が終わるようローンを組む」か、「共同運営者として、マンション全体のメンテに自分も参加する意識をもって築古物件を買うか」、どっちかかな。
島原 築30年なら新耐震基準に適合していますから、現在の新築と機能的には差がないでしょうしね。
株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長
1989年株式会社リクルート入社。グループ内外のクライアントのマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略策定に携わる。2005年よりリクルート住宅総研へ移り、ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)でLIFULL HOME’S総研所長に就任し、2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市]』、2017年『寛容社会 多文化共生のための〈住〉ができること』、2018年『住宅幸福論Episode1 住まいの幸福を疑え』、2019年『住宅幸福論Episode2 幸福の国の住まい方』を発表。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。
ちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計30万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』(ダイヤモンド社)のほか、『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。
ちきりん 島原さん、いろいろお詳しいのでもう一つお聞きしたいんですけど、最近「古いマンションを一棟丸ごと、一社の不動産デベロッパーが買い取って売り出すリノベーションマンション」がありますよね? 私は「なんちゃって新築物件」と呼んでるのですが、あれってどうなんですか?
島原 ありますね。一棟まるごとリノベみたいな。
ちきりん パンフレットもほぼ新築のようなイメージで作られてますし、内装だけでなく共用部もメンテナンスしてるのかな? そうなら、中古マンションだけど新築同様、共用部分も保証が得られるのか。どうなんでしょう?
島原 一棟全体のリノベーションはそれなりに資金力がある事業者しか手がけられないので、基本的には問題は少ないとは思いますが、実はいろいろあるというか……中には、まずいものも、あって……。おっしゃるとおり、やっぱり元は中古マンションなので、問題が出てきている設備や躯体を、全てのケースでちゃんと修繕しているかはわかりません。もちろん、区分所有である各室内はきれいな売り物にはします。ただ、その表面だけを直している可能性もある。
もう一つは、管理組合をちゃんと組成し直し、管理規約を作り、長期修繕計画を設けているかも要確認ですね。そうしないと、元の木阿弥になる。
ちきりん やっぱり個別にちゃんと確認する必要があるんですね。
島原 そういう売り方がちゃんとできているかどうか。中には、「一棟まるごと」と言いながらも、以前から賃貸で住んでいる方が何組かいる状態で、直したところから売ってしまうようなケースもあるそうです。
ちきりん そっか。たしかに全住民が出て行ってから直すのは難しいですしね。そうすると、古い住民と新しい住民の間で意見が合わなかったりするようなことも起きるかも。
島原 そうですね。ただ、やはりマンションの建て替えは現実的とはいえませんから、「丸ごと一棟リノベ」そのものが悪とはいえません。何よりも「どこまで直しているか」が不透明なのが大きな問題です。それなのに、いかにも全てを新品にしたように謳って売られているものもあるようなので。
ちきりん おっしゃる通りですね。私も実際にリノベして思ったんですけど、表面を直すと本当に新築そっくりになるんですよね。
今回は工事中の写真をあれこれ見せてもらって、初めて見えない裏側部分にたくさんの設備が隠れてることを理解したんです。
それを知らないままだと、表面のきれいさだけを見て、「こんなにキレイなら新築と同じ期間もつはず」って思い込んでしまいそう。
買い手は内装や間取り、設備の新しさだけでなく、もっとマンションの基本構造とか基本性能について関心をもち、理解しようとしないといけませんね。
日本は「住宅リテラシー」を上げる機会が少ない
島原 買い手に「裏側」への理解が足りないのは、日本の賃貸住宅事情も関わっているかもしれませんね。たとえば、日本の賃貸住宅は、欧米に比べたら全く手が入れられない。
もちろん、構造を壊すようなことまではできませんが、アメリカは賃貸住宅であっても壁を塗ったり、DIYでキッチンを取り替えたりできる。建物に自分で触れた経験が多いんです。
ちきりん しかも多くの場合、原状回復もそこまで求められません。自分で手をかけることによって、住宅の作られ方というか、「裏側」を知る機会も多くなるし。
島原 仮に、ご実家が持ち家だったとしても、最近建てたような住宅ならほぼ手を入れる必要もありません。家の中の柱がどのように機能しているか、床下の作りや現状がどうなっているか、見たことがないという人も大勢いるはずです。
ちきりん プロの方は耐震性、耐火性、断熱と機密性などをまず気にされますが、素人は無垢の床かどうか、珪藻土の壁はどうか、みたいなことばっかり気にしてる(笑)。
島原 雑な言葉遣いになってしまいますが、日本は住宅に対してのリテラシーが低いまま、これだけのマーケットを作ってしまっている。その現状が問題のベースになっているのだと思います。【続く】
(構成/長谷川賢人 写真/疋田千里)