セグウェイはなぜ失敗したのか
先述した通り、ニュータイプは「スジの良い課題設定」を起点にしてイノベーションを駆動させます。つまり、重要なのは「課題の設定=アジェンダシェイプ」だということなのですが、この指摘はまた、いたずらに先端的なテクノロジーを追い求めてもイノベーションはおぼつかないということを示唆します。
テクノロジーの革新が大きなビジネスの萌芽につながりうることは否定しませんが、基本的な生活上のニーズが満たされてしまっている現代においては、大きな問題=アジェンダが不明確なままに、革新的テクノロジーを追求しても大きな富を創出するビジネスを生み出すことはできません。
この、考えてみれば実に当たり前の事実を、わかりやすい形でまざまざと示してくれたのが、21世紀の初頭において「世紀の大発明」と言われ鳴り物入りで登場したにもかかわらず、売上的にはさっぱりだったセグウェイです。
セグウェイについては、多くの「目利き」も惑わされました。試作品を見たスティーブ・ジョブズは「パソコンの発明以来、最も驚異的な技術製品だ」と絶賛し、10%の株式を取得することを申し出ています。さらには、この申し出が断られると、およそ彼らしくもなく、発明者の顧問となることを、それも無報酬で申し出ています。
ジョブズだけではありません。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは試作品に惚れ込み、すぐに関与をはじめ、発明者に対して「革命的な製品だ、必ずや爆発的に売れるだろう」と太鼓判を押しました。
さらに、グーグルその他への投資で大成功を収めた伝説の投資家、ジョン・ドーアはセグウェイ事業に8000万ドルの大金を投入し、「史上最短で10億ドルの売上を達成する企業になるだろう」と公言した上で、そのインパクトは「インターネットの登場を凌ぐものになるだろう」とまで言い切りました。
もちろん、こういった物言いは、事業に関わった彼ら自身、つまりステークホルダーをより有利な立場に導く予言であり、一種の情報操作であったと考えることもできます。したがって彼らが本心では、セグウェイに対してどのような予測をしていたかは、よくわかりません。
いずれにせよ、この製品は大方の予測を裏切り、10年以上を経過してもなお黒字化する目処が立たず、社会を変えることもありませんでした。セグウェイは確かに画期的な製品でした。
私自身も使用した経験がありますが、そこに「乗り物の未来」を感じさせるインスピレーションが満ち溢れており、触れた人を興奮させる何かがあったことは認めます。しかし、この製品が社会に受け入れられることはありませんでした。
結局のところ、セグウェイは「どんな問題を解こうとしているのか、はっきりしない製品だった」というしかありません。用いられているテクノロジーがいくら先端的なものであっても、それがなんらかの社会的課題の解決につながらないのであれば、そのイノベーションが大きな価値を生み出すことはない、ということをセグウェイはわかりやすく示しています。
ここにもまた、オールドタイプとニュータイプの対比が立ち現われることになります。確かに、かつてのようにモノが不足し、社会にさまざまな問題が山積みしていた時代であれば、トレードオフを技術的に解消するためのテクノロジーやイノベーションには大きな需要があったでしょう。
しかし、今日の社会では、ソリューションが過剰に溢れかえる一方で、肝心要の「ソリューションによって解消したい課題」が希少になりつつあります。このような社会にあって、いたずらにテクノロジー主導のイノベーションを追求するのは、時代遅れのオールドタイプの思考・行動様式だと言わざるを得ません。
一方、ニュータイプは手段としてのイノベーションやテクノロジーにはこだわりません。手段ではなく、常に「解きたい課題」にレーザーのようにフォーカスを絞るのがニュータイプだということです。
(本原稿は『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』山口周著、ダイヤモンド社からの抜粋です)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。