このサイトから目を上げて、周囲のどこかに焦点を当ててみてください。

そのとき、「本当にはっきり見えている範囲」はどれくらいありますか?
実際にやってみるとわかりますが、ピントが合う範囲はまるで針穴のように小さく狭く、周りのものはすべてぼやけてしまっているはずです。

他方、さきほどの絵では、「机に置かれたすべてのもの」にピントが合っています。

現実には、人間の視野にこんな景色が立ち現れることはあり得ません。人間が景色をとらえるときには、無意識のうちに目を上下左右に動かして、複数の角度から見た世界を、脳内で「1つの景色」として再構成しているにすぎないのです。

《アビニヨンの娘たち》ほど極端ではありませんが、この卓上の静物画のように遠近法で描かれたいわゆる「リアル」な絵であっても、じつは「多視点」で見たものが「再構成」されていることに違いはないのです。

そろそろまとめに入りたいと思います。

《アビニヨンの娘たち》が生まれるまで、遠近法は世界を「リアル」に写し出すための、たった1つの「正解」でした。

しかし、ピカソは彼なりのものの見方で、遠近法に疑問を持ちました。そこから「探究」を進め、ついには「多視点でとらえたものを再構成する」という「自分なりの答え」にたどり着いたのです。

《アビニヨンの娘たち》は1907年には完成していたものの、1916年に正式発表するまでの9年ものあいだ、試作品として彼のアトリエに置かれていたといいます。彼自身にとっても、この絵が大きな実験作であったことが窺えます。

ここまでの話で私が投げかけたいのは、「『遠近法』と『ピカソの画法』を比べた場合、どちらがより『リアル』か? どちらがすぐれているのか?」といった問いではありません。

むしろ、これらを材料にして、「『リアルさ』ってなんだ?」という問いについて、今度は「あなたなりの答え」を生み出していただきたいのです。

ピカソの方法が遠近法に取って代わるかどうかはさておき、重要なのは、《アビニヨンの娘たち》がアートの新しい可能性を切り拓いたことです。

彼が生み出したこの「表現」によって、人々は「リアルさ」にはさまざまな表現があり得ること、遠近法はそのうちの1つでしかないのかもしれないということに気づかされたのです。