持続的成長のために経営者がエゴを捨てる意義

小林:事業をより良くしていくために、競争は一定以上必要であるという側面がある。一方で、競争が過剰すぎると、プロダクトを磨く以上に、マーケティングコストにばかり資金が消えていってしまうといった状況が生じてしまいます。このあたりが市場原理の難しさの一つじゃないでしょうか。

タクシー配車アプリ業界も、まさにそうした陥穽にはまる可能性があったと思います。複数のタクシーアプリが分散していて、ユーザーはなかなかタクシーが捕まえづらく、「タクシーアプリはイケてない」という印象だけが残ってしまい、イノベーションが停滞してしまう事態は、誰にとっても望ましくありません。

朝倉:タクシー配車アプリは、本来Uberへの対抗軸として生まれたはずなのに、分散してしまうと結局「Uberがまとめてくれたほうがいいのではないか」という話になってしまいますからね。

小林:分散されたプロダクトをある程度まとめて、ユーザーにきちんとバリューを訴求できるレベルのビジネスに整える必要性は、あるタイミングで考えなければならないのかもしれません。

村上:過去30年の日本では、日立や東芝といった大企業でも同様の状況が見られました。同業他社が同じようなプロダクトをつくり、同じようなマーケティング手法で潰し合っているうちに海外の会社に抜き去られてしまうという失敗例。

同様の競争環境が、大企業からスタートアップに移ってきたと考えると、このまま潰しあっていては、日本のスタートアップの競争力が失われ、ユーザーに利益をもたらすことができないという結末になり得ます。それを防ぐためにも、M&A・事業統合も戦略オプションとして積極的に検討すること、これはベターではなくマストで取り組んでいくべきことだと感じます。

朝倉:今回取り上げたいくつかの事例は、ある意味で経営者が己のエゴを捨てた大きな決断であったように思います。起業家目線で考えると、薩長同盟くらいの大きな決断だったのではないでしょうか。

古くはシリコンバレーではピーター・ティールとイーロン・マスクがそれぞれの会社を合併してPayPalが生まれています。ピーター・ティールは今でも、「ニッチで小さな市場を独占しよう」と述べていますが、そうした考え方が、少しずつ日本にも浸透してきたのかもしれません。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/3/7に掲載した内容です。