「顧客価値の提供」の変換だけで
ビジネスモデルは完成しない

 ビジネス環境に異変が起きた場合、まずは当面の危機をしのがなくてはなりません。その意味では上記2例はそれぞれの業態に見合った「顧客価値の提供」の変換を行い、ひとまず危機をやりすごしているといえます。ラグジュアリーブランドがアマゾンでの販売を開始したり、日本航空グループのLCCで、人を運ぶ代わりに客席に荷物を載せたりするといったことも同じような例です。

 ただ、これだけでは、長期的にビジネスを持続させることは非常に難しいといえます。ビジネスモデルは4つの箱で成り立っており、それらは相互に緊密に関係しあっています。上記の例では、「顧客価値の提供」を変化させましたが、今はまだそれだけの段階にとどまっており、この部分以外のビジネスモデルの箱はまったく手付かずだからです。

 たとえば、1)の「ターゲットとする顧客」は変えず「提供方法」を変える方法でフードデリバリーに転換した場合、レストランという大きな空間(不動産)と、ホールスタッフ、ウエーター(人材)、つまり「経営資源」は必要なくなり、それらは、家賃や人件費という固定費として重くのしかかってきます。これまでの「利益方程式」がくずれてしまうのです。

 2)の「提供方法」は変えず、「ターゲットとする顧客」を変える方法の場合も、最初からリモートワークのための空間として設計されてはいないので、仕事をしたいのに「女子会パーティールーム」をあてがわれて、ミラーボールや派手な壁紙やハート型のクッションに囲まれて仕事がしにくいこともありうるでしょう。リモートワークにもっと適した空間提供サービスが競合として現れれば、同じ価格では負けてしまいます。また、集団用の部屋をひとり客に貸し続けても、次第に採算が合わなくなるでしょう。この例でも「経営資源」「利益方程式」が変わらなければ存続できなくなるのです。

痛みを伴う
本格的な改革が必要になる

 1)の「ターゲットとする顧客」は変えず「提供方法」を変える方法では、必要な場所は、厨房と事務所エリアのみ、人材に関しては、料理人、受注スタッフ、デリバリー要員です(デリバリー要員はUber Eatsのようなサービスに外注することもできます)。レストランの場所を縮小して、家賃の安いところへ移転したり、ホールスタッフやウエーターを配置換えしたりする、あるいはスタッフを削減するなど、場合によっては痛みを伴う「経営資源」のリストラクチャリングをし、そのうえで新しくデリバリー業態にあった、ビジネスの「プロセス」をつくりなおし、「利益方程式」も変えなくてはならないのです。

 2)の「提供方法」は変えず、「ターゲットとする顧客」を変える方法でも同様です。大部屋の価格設定を見直したり、あるいは競合他社が出てきたりすれば、さらに安い価格設定にするなど、「利益方程式」を変えることが必要でしょう。本格的にリモートワークに適した空間にするなら、個室を改装する、大部屋をなくすなど、「経営資源」のあり方を検討する必要にも迫られます。それにともないビジネス「プロセス」も変わります。

 コロナへの対応で、影響を受けたビジネスに今起こっていることは、まだ最初の「顧客価値の提供」の変革にとどまっており、そのままでは、ビジネスモデルの変革とはいえません。これら人が集まることが前提のビジネスモデルが、今後残りの3つの箱を上記で述べたような形で変えていくのか、それとも別の方法を採るのかは注目に値します。

 今はまだ過渡期で、どこにも4つの箱を時代に最適化させた「正解」はありませんが、ビジネスモデルの4つの箱について整理し、今回のケーススタディーを見ていただければ、自分の関わるビジネスに照らして、新しい時代に即した形を考えるヒントにしていただけるのではないかと思います。

(グロービス講師 下道陽平、取材・構成/奥田由意)