かつて日本人はリスクテイカーだった
奥野 「教養としての投資」というタイトルには、私の思いを込めました。日本人はあまりにも経済や投資について無知です。そのことに私は危機感を抱いていたのです。
藤野 日本人は農耕民族だから投資は苦手という思い込みがあるようだけど、実は我々の先祖はかなりのリスクテイカーなんですよね。大昔、日本は遣隋使や遣唐使を派遣して、中国からいろいろなものを日本に持って帰ってきて、それが日本の発展の礎になっているのですが、遣隋使や遣唐使って物凄い冒険だったようです。実は日本を発ち、中国でいろいろなものを手にして日本に無事帰国できる確率は、たったの4分の1。4艘の船団で出発して、無事帰国できるのは1艘しかなかった。それだけのリスクを冒して、中国で学んだもの、得たものを日本に持って帰ってきたわけです。これをリスクテイカーと言わずして、何と表現すれば良いのかという話です。日本人はかなりのリスクテイカーなんですよ。
奥野 そうですよね。もっとフラットに歴史を振り返るのはとても大事だと思います。今、藤野さんがおっしゃられた遣隋使や遣唐使の話もそうですが、結局、こうした歴史の裏側には、経済が脈々と流れているのですよね。そうであるにもかかわらず、日本には経済的な観点で世の中や歴史を見ようというセンスに欠けているから、松下幸之助について語る時も「あの人は聖人だった」という程度の道徳的な見方しか出来ない。本来であれば「松下幸之助の金儲けの極意」といった切り口の見方があっても良いはずなのです。私たちは今を生きているわけですし、これからも生き残っていかなければなりません。だからこそ経済的な切り口で世の中を見る目を養う必要があります。そこは恐らく日本の教育事情からすると、「金儲けなんて汚い」ということになると思うのですが、それが無ければ戦後日本の奇跡的な経済発展はありませんでした。やはり経済をきちんと子どものうちから教え込むのは、非常に大切なことだと思っています。
藤野 10年前になりますが、NHKの大河ドラマで「龍馬伝」があったじゃないですか。私、あのドラマがとても好きなのです。どこが好きなのかというと岩崎弥太郎のエピソードです。ある日、弥太郎は坂本龍馬から木材を譲り受けます。弥太郎はその木材を売却して一儲けを企んだわけですが、思うように売れません。それを妻に相談したら、おまけを付ければ良いというアドバイスがあり、弥太郎は端材を使って仏様を作り、木材を買ってくれた人にはその仏様をプレゼントすることにしたのです。しかし、それでも売れませんでした。失意のもと弥太郎は一軒ずつ家を訪ね歩いて木材を売って歩きましたが、ある時、「木材は要らないのだけれども、今、うちはトイレが壊れているので、それを直してほしい」と言われ、トイレを修理しました。すると、相手がとても喜んで、木材を買ってくれたそうです。その時、弥太郎は「木材こそがおまけだったのだ」ということに気付きました。つまり快適なトイレという空間を売るのが主で、木材を売るのは実は従だということです。このエピソードを視た時、実は私、あることに気付いたのです。多分、この世の中で投資信託を欲しがっている人はいないのではないかということです。皆が本当に欲しているのは、豊かな生活、快適な生活、社会に対する貢献であって、投資信託はそれらを実現させるうえでの木材に過ぎないのではないか。つまり投資信託は、それを持つことによって幸せを得ることが主であり、どの投資信託を買うかというのは、単なるおまけに過ぎないのではないかということです。これを敷衍(ふえん)すると、奥野さんが運用しているファンドはあくまでもおまけであり、奥野さんが運用しているファンドのコンセプトを通じて世間に訴えたいことに、大勢の人はお金を託すということなのかもしれません。
奥野 確かに、そういう側面はありますね。ただ、その考え方は藤野さんがずっと投資を続けてきたからだと思うのです。私自身も、投資の世界に身を置いて約30年、とにかくひたすら投資について考えて、考えて、考え抜いてきたからこそそういう心境に到達できた面はあると思います。これは運用にも一脈通じるところがあって、私たちは企業の強さを深く、深く掘り進めてきたからこそ、ある程度の普遍性に気付くことが出来たのでしょうね。とはいえ、投資にゴールはありません。だから私たちはこれからも投資したい企業について深堀していきますし、その蓄積によってベストとは言えないかもしれないけれども、ベターな投資が出来るようになるのだと思います。
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』(ダイヤモンド社)など。