これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための科学的な理論と具体的なトレーニング方法を解説した「画期的な一冊」が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。
先行きが見通せない時代には、思考は本来の力を発揮できなくなる。そこでものを言うのは、思考の前提となる認知、すなわち「知覚(perception)」だ。「どこに眼を向けて、何を感じるのか?」「感じ取った事実をどう解釈するのか?」──あらゆる知的生産の“最上流”には、こうした知覚のプロセスがあり、この“初動”に大きく左右される。「思考力」だけで帳尻を合わせられる時代が終わろうとしているいま、真っ先に磨くべきは、「思考“以前”の力=知覚力」なのだ。
その知覚力を高めるためには、いったい何をすればいいのか? 本稿では、特別に同書から一部を抜粋・編集して紹介する。

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私たちが見ている
「個人的な世界」のポテンシャル

 まずは1つ質問させてください。みなさんは、上の写真を人に説明するとき、どんな言葉を使いますか? 難しく考えずに、見たままでけっこうです。

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 この質問に答えるときにみなさんが働かせているのが、まさに知覚です。

 ほとんどの方は、「グラスに半分くらい水が入っている」あるいは「グラスは半分ほど空だ」という説明を思い浮かべたのではないでしょうか?

 これだけシンプルなイメージを見たときにも、私たちの知覚の違いは如実に表れます。

 詳しい説明は後回しにして、ひとまず「知覚」を定義しておきましょう。

 知覚とは、自分を取り巻く世界の情報を、既存の知識と統合しながら解釈することです(*01)。

 つまり、「知覚」と単なる「感覚」は違います。前者には既存の知識との統合や、それに基づく解釈が入り込んでいるからです。

 感覚器の1つである眼から入ったグラスの像それ自体では、まだ知覚とは言えません。そのインプットが、脳内にある既存の知識と結びつくことによって、「グラスに半分くらい水が入っている」あるいは「グラスは半分ほど空だ」という意味づけが生まれます。これが知覚です。

 同じ対象を見ているのに、「半分水が入っている/半分空である」という具合に、人によって知覚が異なってくるのは、そこで組み込まれる知識がさまざまだからです。

 個人のなかに蓄積されている知識は、脳というブラックボックスのなかで構築されるため、人それぞれの独自性を持っています。インプットが同じでも、統合される既存知識がユニークなので、情報に対する各人の解釈もバラエティ豊かになるというわけです。

 ですから、たとえば「このグラスの水の例は、カウンセリングにおける『リフレーミング』を説明する際によく使われる」という知識がある人なら、「半分水が入っている/半分空である」とはまた異なる意味づけを思いついたかもしれません(*02)。