人間として「ひと皮」むけるために

──たしかに、この本を読んではじめて、自分が今まで何も考えていなかったことに気がつきました。

橋爪 そして、考えたあと、気がつく。なんでこんなこと、早く考えなかったんだろうって。それって、人間として、ひと皮むけたことになりませんか?

 さて、本屋さんにはノウハウ本がいっぱいある。普通のサラリーマンが3年で1000万円、貯まりましたとか、ダイエットしましたとか。つまり、何か困ったことがあると、それを解決したエキスパートや先輩がいて、参考になることを書いてくれている。

「ノウハウ本」には書いていない「人間としてひと皮むけるため」に重要なこととは?橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)
1948年生まれ。社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。大学院大学至善館教授、東京工業大学名誉教授。著書に『はじめての構造主義』『はじめての言語ゲーム』(ともに講談社現代新書)、社会学者・大澤真幸氏との共著に、『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)などがある。最新刊に『死の講義』(ダイヤモンド社)。

 でも、死について言うと、そういう先輩は、みんな、死んじゃっているわけです。

 本を書いているのは、みんな、生きている人だから、あんまり参考にならないわけ。だからその手の、「私、ダイエットに成功しました。あなたもどうぞ」っていう類いの「死の本」というのは構造的にありえない。そういう本がないの。

 そうすると、思考実験として、「死ぬとどういうことになるのか考えてみましょう」という本しか、存在しないわけですね。今までそういうことをやった人は大勢いますから、この本は、それのいいとこ取りなんです。

ハーバード大学とキリスト教

──この本の中では、一神教から仏教まで、さまざまな宗教が紹介されていて、そこから何を選択するか自分で決めなさい、と問いかけています。橋爪先生は、その中からどれを選ばれたのでしょう?

橋爪 私は、日本ではルーテル教会というところに通っていて、アメリカでは、ユニタリアン教会というところに通っています。どっちもキリスト教なんですが、ユニタリアン教会というのは、リベラルもリベラルなキリスト教なんです。

 どれくらいリベラルかというと、「イエス・キリストは神じゃない」とまで言っているんです。

イエスは人間なんですよ。「いいことを言っている人」なんです。

──神の子ではなく?

橋爪 普通のキリスト教はそうですよね。でも、ユニタリアン教会は、「その証拠がない」とか言って、それをはみ出しちゃっているわけ。

 じつは、聖書を子細に読んでみると、イエスは自分を神の子だと言っていないんだ。パウロの手紙とか、ほかのところに「イエスは何だと思う」みたいなことしか書かれていないんですよ。

 そこで彼らは考える。イエス・キリストがいた。イエス・キリストを神の子だと思う人たちが大勢現われて、キリスト教会をつくった。キリスト教会で教えていることは、人間が決めたことだ。私たちは神に従い、イエス・キリストには従うが、人間には従わない。そこで、イエス・キリストが神の子だという考えには従わない。

──おもしろい!

橋爪 これは、自分の信仰に責任を持つというプロテスタントの立場から出てきた、一番リベラルな考え方です。それまであったカルヴァン派の信徒がだんだんリベラルになってきて、決議して、看板を掛け変えて、ユニタリアン教会になっちゃったんですね。

 実はハーバード大学で、これが起こったのです。ハーバード大学はもともとカルヴァン派だったんだけど、ユニタリアンの考え方が増えてきて、約200年前にユニタリアン教会になっちゃったんだ。

 トランプを支持しているエヴァンジェリカル──福音派というのもあります。福音派とは、右の極端であって、「イエス・キリストは神の子に決まっているじゃないか。何を言うか」と反論しているわけ。「最近、そういう物分かりのいい教会が増えてくるから困るんだよ。キリスト教の原則ガチガチでいこうぜ」みたいな人たちですね(笑)。

 最近、普通の教会はさばけているから、イエスは人間だとは言わないまでも、「ゲイ、レズビアン、いいじゃない」「だって、神さまがそういうふうにつくったんだから」という感じですね。普通のクリスチャンは、長いあいだ、同性愛はダメだったんだけど、ここ40年ぐらい、キリスト教会では議論が進んで、メソジストとか、エピスコパルとか、いろんな教会で同性愛OKになってきた。クリスチャンにもいろいろいるんですよ。