12月6日、今年も漫才最高峰の祭典「THE MANZAI」が放送される。そこで毎年、物議を醸すのがウーマンラッシュアワーの漫才だ。沖縄の基地問題、原発、朝鮮学校についてなど、政治・社会問題に触れた漫才を披露し、賛否を巻き起こしている。彼ら(いや、村本大輔)は、なぜ漫才の場で、メッセージを投げ続けるのか?
その理由や、彼が体験したさまざまな“痛み”をつづったエッセイ『おれは無関心なあなたを傷つけたい』が12月16日に発売となる。社会学者の宮台真司氏、脳科学者の茂木健一郎氏が絶賛の声を寄せるなど、発売前から注目を集める一冊だ。今回は本書の中から、彼が漫才でメッセージを投げ続ける理由について語った「痛みを和らげる」という項目を期間限定で先行公開する。

なぜ、ウーマン村本大輔は「THE MANZAI」でメッセージを発信し続けるのか?

笑いは、誰かの痛みを和らげる

 僕は芸人を始めたばかりの頃に、目の前で”痛みが和らいだ瞬間”を見た。

 若手の頃にインディーズライブというのをやっていた。吉本の舞台のオーディションで落ち続けている芸人たちが、オーディションに受かるためにネタを試す場所だ。

 オーディションに受かってもいないので、吉本の芸人でもなければプロでもない。負け続けてバイトをしているアマチュアの芸人たちのお笑いレッスン場みたいなところだった。自分たちで会場を借り、外でチケットを手売りして呼びこみをやって、20人ぐらいの前で漫才などをやるライブだ。

 僕はそこに7、8年はいたかもしれない。吉本のオーディションに受かったときに、その中の芸人に「もうここには戻って来ないでくださいね」と刑務官みたいなことを言われたことを覚えている。

 その中で見た、忘れられない光景がある。

 ある日、ライブに遅刻してきたやつがいた。なぜかそいつは喪服を着ていた。目は腫れていた。聞けば昨日、親父が自殺したそうだ。葬式後に、喪服で舞台に来た。そこまでして舞台に来たかったのか、そのとき出ていた先輩が怖くて休めなかったのかはわからない。

 ライブのトークコーナーで、彼がカラ元気なのがわかった。誰よりも明るいやつだったから、無理しているのはすぐにわかった。

 そのときに誰かが「全然元気ないやん! なんかあったん?」と聞いた。彼に何があったかは知っていたのに。

 すると彼は、全力で「知ってるやん! 親父死んどんねん!」と返した。誰かが「寿命?」と言うと、「自殺や! まだ60歳や」と返した。さらに誰かが「お前のスーツおかしくない?」と言ったら、彼は「喪服や! ここまでの流れ聞いてたら、大体わかるやろ」と突っ込んだ。

 そこから、彼の父親いじりが始まった。彼はずっと「お前ら最低やな‼」と突っ込んでいたが、すごくうれしそうな顔をしていた。

 最初は引いていた客席からも少しずつ笑いが起き、最後には彼が「時間が来たから締めるぞ!」と進行用のカンペをポケットから取り出そうとしたら、間違えて数珠が出てきて「あ、数珠やった……」と天然を発揮し、客も芸人も転げ回って涙を流して笑った。

 そのライブ終わり、楽屋で彼は芸人たちに「ありがとう、楽になったわ」と言った。みんな何も言わずに彼の肩をポンとだけ叩いた。みんな優しかった。僕は、笑いが苦しんでいる人を救う瞬間を見た。

発信すると”腫れ物”扱いされる日本

 笑いとはそういうことだ。誰かの痛みを和らげる。たとえば、民主主義は多数決で決まる。民主主義が機能しているとすれば、国は多数がつくっているとするならば、国の痛み止めはその多数のほうに傾く。ならば、痛みを感じる少数に芸人がふれて、笑いで痛みを和らげてやればいい。

 しかし、この国はそれがなされにくい。この前、テレビでかまいたちの山内が「距離を空けたい芸人」として僕の名前を出し、理由として政治的な発言が多いからと言ってスタジオはウケていたらしい。指原莉乃もテレビで「村本は政治的な発言をしすぎ」と言って笑いが起こり、ヒロミさんが「アイツはガチだからね」と言ってまた笑いが起きた。

 彼らへの怒りは本当にない。盛り上がるワードを選ぶのが上手いなと思うだけだ。それよりも気になるのは、ヨーロッパやアメリカでは、逆に政治的な発言をしない芸人やミュージシャンがネタにされて笑われるということだ。

 なぜなら民主主義の国だから、自分たちで選んでいるからだ。ちゃんと見て、おかしなことはおかしいと言うのが、民主主義の義務だ。選ぶ権利は監視する義務でもある。

 しかしこの国では、発言する側がネタになる。笑われる。すると、笑われることを恐れて誰も発言しなくなり、痛みを和らげる人がいなくなる。痛みを抱える人たちはずっと痛みに耐え続けることになる。

 いま、痛み止めを持つ仕事をしている芸人たちは、日本の、世界の痛みを放置している。彼らは沈黙し、テーマパークのキャラクターのように、自分たちのことが好きな、痛みに無関心なファンのほうを向いて、汗をかきながら全力で踊り、もてなしている。テーマパークの外で誰かが地雷を踏もうと、知らないふりをしてテーマパークのお笑いエリアで踊っている。