「合理性」を超えたものが、ビジネスを動かしている

――『反省記』のなかでも、リアルな人間関係がいろいろ描かれていて、ドラマを見ているようなおもしろさがあるんですが、本の中では触れていない「人とのエピソード」で印象に残っていることはありますか?

 人というか、企業そのものとの付き合いの話も含まれるんですが、僕がアスキーの社長だったとき、支払い遅延を起こしてしまったことがあるんです。ある月に64億円のお金が足りなくなってしまった。

 自分の車や絵画を売ったり、いろいろやってなんとか3億円くらいは調達して、かろうじて給料は払ったんですけど、他がいろいろと支払いができなかったんです。

 そのとき、K社という大企業に対する150万円の支払いが遅延してしまったんですが、2日後に、向こうの担当者が「今すぐ払ってくれ」と言って、請求書を再発行して持ってきたことがありました。

 ウチがそのK社のフロッピーディスクを買っていたんですけど、その支払い料金が150万円。その担当者は「払ってくれるまで、今日は帰らない」と言って、ロビーに居座っているんですよ。

――弱りましたね……。

 そうですね。まぁ、払えないこっちが悪いんだけど、払いたくても「ない」ものは「ない」んでね。

 それでしょうがないから、僕は「枕と毛布を用意しなさい。泊まっていただきましょう」と言いましたよ。実際、K社の担当者は、150万円の未払金を回収するために、夜の12時くらいまでロビーにいました。

 その一件があってから、当然K社との取り引きはやめました。一切、出入り禁止にしました。

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――なるほど……。

 それで、別の会社Mに話をして、「こんな潰れそうな会社ですけど、御社の製品を売ってくれませんか」と言ったら、「もちろん、いいですよ。西さん、会社なんてそんなにすぐに潰れるもんじゃないから、なんぼでも売りますよ。ウチの商品を使って、どんどん儲けてください」って言ってくれたんです。

 人によって、会社によって、そういうところで差が出てくるということを強く感じたエピソードですね。

――こちらが苦しいときに、どんな態度を示してくるのか。そういうとき、相手の本質が見えるものなんでしょうね。

 本当にそうですよ。

 もっとすごい話があります。実は、さっき言った64億円の未払金のうち30億円は、D社という大手印刷会社のものだったんです。だから、僕はオーナー社長に会いに行って「大変申し訳ないんですが、お金がなくて今月の30億円お支払いできません。ちょっと待っていただけませんか。必ず払います」と言ったんです。

 そしたら、その社長はなんと言ったと思います?

「アスキーさん、おたくとウチは、おたくの会社ができた頃からのつきあいで、もう20年になるじゃないですか。だから、ぜひウチへの支払いは最後にしてください。ウチはね、20年の付き合いのある会社に、30億円払ってもらえないくらいでキーキー言う会社ではありません」って言ってくれたんです。

 すごくないですか?

「いつでもいいとは言わないけど、とにかく最後で結構。だから、西さん、キーキー言う会社に払ってあげたらいいじゃないですか」って言ってもらった。

 当然、それ以降、アスキーから出す新雑誌のほとんどをD社にお願いするようにしました。ぼくのビジネスって、そういうことがたくさんありました。

――「情」のようなものが、ビジネスに及ぼす影響は大きいと?

 そうそう。まぁ、これは僕が反省するところでもあるんですけどね。

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――どういうことですか?

 いや、これは『反省記』にも書いたことなんだけど、アスキーの経営が危機に陥って、いろんな銀行に融資をお願いして回ったときに、最初はすごくドライな対応をされたんですよ。

 なぜかというと、アスキーの業績がよかったころに、僕たちは、ずっと、そのときに一番いい条件を提示した銀行から借りるというドライな付き合い方をしていたからなんです。会社の調子がいい時はそれでよかったんですが、窮地に立たされると立場は逆転。今度は、こっちがドライな対応をされるということになりました。

――因果応報のようなものですか?

 そういうことですね。ビジネスは合理性だけで動いているわけではないということですよ。

――とてもリアルで、非常におもしろい話です。実際『反省記』の中にも、そんなリアルで、興味深いエピソードがほかにもたくさん出てきますね。

 長年ビジネスをやっていれば、そんな話はいくらでもありますよ。ビジネスにおいて合理性はきわめて重要だけど、それだけで世界が動いているわけではない。『半沢直樹』を見て、人間模様とか、人と人とのやりとりを面白かったと思った人には、ぜひ『反省記』を読んでもらいたいですね。きっと、楽しんでいただけると思いますよ。

1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」西 和彦(にし・かずひこ)
株式会社アスキー創業者
東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクター
1956年神戸市生まれ。早稲田大学理工学部中退。在学中の1977年にアスキー出版を設立。ビル・ゲイツ氏と意気投合して草創期のマイクロソフトに参画し、ボードメンバー兼技術担当副社長としてパソコン開発に活躍。しかし、半導体開発の是非などをめぐってビル・ゲイツ氏と対立、マイクロソフトを退社。帰国してアスキーの資料室専任「窓際」副社長となる。1987年、アスキー社長に就任。当時、史上最年少でアスキーを上場させる。しかし、資金難などの問題に直面。CSK創業者大川功氏の知遇を得、CSK・セガの出資を仰ぐとともに、アスキーはCSKの関連会社となる。その後、アスキー社長を退任し、CSK・セガの会長・社長秘書役を務めた。2002年、大川氏死去後、すべてのCSK・セガの役職から退任する。その後、米国マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員教授や国連大学高等研究所副所長、尚美学園大学芸術情報学部教授等を務め、現在、須磨学園学園長、東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクターを務める。工学院大学大学院情報学専攻 博士(情報学)。

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