2020年にしか出せなかった旅の本0メートルの旅 -日常を引き剥がす16の物語-』が、本日発売されます。「旅行」が失われつつある世界で、わたしたちは「旅」を取り戻せるのか。地の果て南極から「自分の部屋の中」まで、16の旅を通して検証する本です。
2020年が終わる前に、この本に収録した3つの「旅」を特別公開します。第一回の舞台は、バックパッカーの聖地「インド」です。(構成:編集部/今野良介)

世界の火薬庫、2%のターバン、串刺しの握手

インドといえば、世界に名を轟かすバックパッカーの聖地。そのあまりに強烈なカオスは様々な伝説として語られ、この世の人間はインドの魔力に魅了される者と、トラウマを発症する者に二分されるという。

僕は後者だった。できれば前者でありたかった。インドの深淵に入り込んで、人生の意味とかを見出したかった。しかしすぐに心が折れた。声をかけてくるペテン師たちは鬱陶しいし、金を払うたびにぼったくられる。クラクションの爆音と排気ガスに目眩が止まらないし、何をするにもとにかく疲れる。

首都デリーから聖地バラナシに降りたったところ、ガンジス川が5年に1度の大氾濫を起こしていた。川沿いの店はすべて沈んでいる。数々のバックパッカーたちが己を見つめ直したという静謐な沐浴など見当たらず、濁流に流されまいとするおじいさんたちが必死にボートにつかまっているばかりだ。

帰りたい。

バラナシに着いた初日からそう思った。せっかく長い休みを取ってきたのに、全然楽しくない。しかしインドは広い。これだけの歴史と文化を有する国において、たとえデリーやバラナシが合わなくても、他にも違うインドがあるはずだ。

どうせなら異なるインドが見たい。通常のバックパッカーのルートとしては、ここから東のコルカタなどに向かうパターンが多いようだ。だが僕はバラナシで踵を返し、再び西のデリーへと戻った。風の噂で耳にしていた、とある場所があったのだ。

デリーに戻ってきた僕は、そこから飛行機で西へ1時間、北インドのパンジャーブ州に属するアムリトサルという街にやってきた。ここはシク教徒の地域である。

インド人への古典的なイメージとしては、炎を吐いたり手足が伸びるほかにも、「ターバン」があろう。だが実際のところほとんどのインド人はターバンを巻かない。なぜならターバンはインド人の8割近くを占めるヒンドゥー教徒ではなく、わずか2%のシク教徒の文化だからだ。

シク教徒には教育水準の高い層が多く、イギリス統治時代のインドでは海外で活躍する人材を多く輩出した。そのため「インド人=ターバン」のイメージが根付いたとも言われている。道行く人々のターバンを見れば、この街の違いがわかる。アムリトサルはバラナシに比べると大分落ち着いていて、路上を歩いていても腕を掴まれたり、大声で怒鳴られたり、大金を吹っかけられたりすることは少ない。ないとは言っていない。

アムリトサルの名所といえば、シク教の総本山たる「黄金寺院」だ。

靴を脱ぎスカーフで髪を隠せば、誰でも中に入ることができる。内部には宗派問わず無料で食事を提供する食堂があり、数百名のボランティアにより運営され、1日に10万食が出るらしい。カースト制度を否定するシク教の教えから、身分も国籍も関係なく全員横並びで食事をとる。すべてのボーダーを越えた、500年続く究極の食堂だ。

そんな黄金寺院だけでも訪れる価値があるアムリトサルだが、ここまでやってきたのには別の理由がある。それがパキスタンとの国境「ワーガ」だ。

黄金寺院から戻った僕は、フロントにタクシーの手配をお願いした。鍵がかからない、エアコンが壊れている、お湯が出ない、というインド三冠王を無事達成したホテルに不安は隠せなかったが、タクシーはちゃんと時間通りに来た。ドライバーに行き先を告げると、はいはいあそこね、みたいな感じで車を発進させる。噂通り、その国境はすっかりインド人の観光名所と化しているようだ。

1時間ほど車を走らせると、道路が急に混み始めた。インド名物5人乗りバイク、ないし10人乗りリキシャにしがみつく人々の手には揃って国旗が握られている。全員が国境に向かっているのだ。果たしてそこに何が待っているのだろうか。

インドとパキスタンの関係は非常に悪い。70年前にイギリス領インド帝国が解体し2つの国に分離して以来、今日に至るまで対立を続けている。「インド パキスタン」で検索すると民族浄化や核開発など物騒な単語が並び、「世界の火薬庫」とまで呼ばれている理由がわかる。

つい先日もカシミール地域を巡ってパキスタン首相が核戦争の可能性を警告するなど、ただならぬ緊張感が走っているのがこの両国だ。そんな国境に観光気分で行っていいものだろうか。実は危険な行為ではないだろうか。国境の街ワーガに到着した瞬間、心配は吹っ飛んだ。

広場は押し合うような混雑だ。国旗の三色を顔にペイントした人々が唄い歩いていて、実に賑やかである。その高揚感は、まるでサッカーの試合前のようだ。外国人はあまり見かけず、ほとんどが現地人。屋台がいくつも出ていて、インド柄の帽子が飛ぶように売れていく。

広場の中心には「握手が串刺しになった像」があった。友好なのか争いなのか、表現しているものの意味は定かではないが、人気の撮影スポットらしい。満面の笑顔で自撮りをする子どもたちを見ると、「世界の火薬庫」などという言葉はどこか遠い世界の話のように感じてしまう。

セキュリティチェックを受け、パスポートを見せると現地の行列とは違うゲートに通された。欧米人らしきカップルも後ろをついてくる。ベージュ色の軍服を着た兵士に促され建物の中に入ると、目に飛び込んできたのは、国境を隔てる堅牢な門と、機関銃を持った警備員たち。そして、「スタジアム」だった。

そう、スタジアムだ。そう言ってしまって差し支えはない。国境門の前に、1万人は収容できそうな巨大なスタジアムがあるのだ。スタジアムは2階席まであって、すでに1階席は満員の寿司詰め状態である。その混雑の間を縫うようにして、売り子が声を張り上げてポップコーンを販売している。念のため繰り返すが、ここは劇場でもコンサートホールでもない。国家の領域の境目、国境である。それも、インドとパキスタンという因縁の国境だ。

さらに国境門を挟んで向こう側には、同じようなスペースが見える。そちらにも大勢の「観客」たちが座っている。違いは観客がイスラム風の白い服装をしていることと、兵士の軍服が真っ黒なこと。反対サイドはパキスタンのスタジアムなのだ。2つのスタジアムが、国境を挟む形で広がっているわけである。

ただやはり観衆数においては圧倒的人口を誇るインドに分があって、事あるごとに地響きのような歓声があがる。パキスタンサイドはそれに比べると落ち着いていて、人々が和やかに談笑している姿が門越しに見える。

国境を挟んだ謎の「イベント」。これがいつ始まったかは定かではない。地元のドライバーによると、少なくとも20年前から続いているという。

始まりは、国旗を夕刻に下ろす「降納式」にあったらしい。これ自体は世界中で広く見られるような、よくある儀式である。ポイントは、インドとパキスタンという犬猿の国境で行われたことだった。

両国は同じ時刻に降納式を行なった。すると何においても張り合う二国は、自分たちの式典のほうがより豪華でありたいと願った。そうしてどちらも相手国に負けじと、次第にパフォーマンスに趣向を凝らすようになったのだ。より美しく、より派手に。そうすると今度は、それを応援する観客が現れた。いつしか両国はその観客数でも競い合うようになり、パフォーマンスはさらに大掛かりになって、観客は増え続けた。

こうして、国境を挟んだ前代未聞の「応援合戦」が開催されることになったのだ。

運転手から聞いた話なので、その成り立ちが本当なのかはわからない。だが両手をあげ、髪を振り乱しながら踊り狂う女性たちを見ていると、尋常ではないイベントであることがわかる。これはただのセレモニーではない。両国の意地とプライドをかけた、まさに代理戦争とも呼ぶべき合戦なのだ。

「Oh~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~?」

17時になって、マイクパフォーマーの煽り声がスタジアムに響く。

「Oh~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~?」

大観衆は両手をあげてそれに呼応する。いよいよ本番のスタートだ。パキスタン側でも同様の煽り声が響いていて、どうやら「どちらが長くoh~ ~ ~を溜められるか」という勝負がすでに始まっているらしい。

長い長い溜めがあったのち、

「インディアァァァァァァァァァァァ!」

地響きのような歓声とともに、会場のボルテージがブチ上がった。兵士たちが足を高く上げながら行進を始める。孤を描きながら足を振り下ろす姿は、かかと落としをしているみたいだ。そのたびに嵐のような喝采が起こる。そして立ち止まった兵士たちは、門の向こうの「敵」を挑発するかのように、己の肉体を誇示するポージングを行なう。

また門の向こう側では、パキスタンの兵士たちが同様に行進しているのが見える。僕たちの席は国境門に近いので、あちら側の様子もよく見渡せる。「うちの国はわざわざ外国人が見にきてるんだ」とアピールするために、外国人向けの特別席が用意されているからだ。

興味深いのが、両国の動きが完璧にシンクロしていることである。インド兵士がボディビルダーのごとくポーズをとれば、パキスタン兵士も同様に屈強な肉体をアピールする。一通りのパフォーマンスを終えた兵士は将棋の駒のように各々の配置につくが、パキスタンサイドでもやはり黒服たちが同様の布陣をしく。まるで写し鏡みたいに、門を挟んでいがみ合う両国が息を合わせて動く。その光景は異様というほかなく、僕は忙しく首を左右にふってそれぞれのパフォーマンスを見比べる。

15分が経過しても、観客の熱狂はおさまるどころか、加速していくばかりだ。いつの間にか2階席まで人がびっしりと埋まっていて、インディアアアアという絶叫が、うねりとなってスタジアムにこだまする。

驚くべきことに、このイベントはなんと毎日行われているという。毎日毎日、スタジアムに入りきらない人々を含めると数万人が集まって、熱狂の舞台が繰り広げられている。しかもその数は年々増え続けているらしい。暇なのかと言いたくなるところだが、それがインドという国の秘めるエネルギーなのだろう。

ひときわ体格のよく、威厳のある兵士がのっしりと歩く。おそらく隊長格であろう彼は、他の兵士に見守られながら門に近づいていく。そうするとやはりパキスタンサイドでも、これまた強そうな兵士が悠々と門に向かってくる。2人は国境門の前に立ち止まり、門越しに向かい合った。

クライマックスを感じさせる緊張感に、大騒ぎしていた観客たちもしんと静まり返る。僕も固唾を飲んでそれを見守る。しばらくすると、両国の警備員たちが国境門に手をかけた。ドラムの音が鳴り響き、まさかと思った瞬間、国境を隔てる大きな門がゆっくりと開いた。

スタジアムが最高潮にヒートアップする。僕たちも思わず立ち上がって歓声をあげる。開くはずがないと思われた重い門が取り払われ、両国の兵士たちが直接相対した。

屈強な隊長たちは、もう数歩互いに歩み寄る。ここから2人のバトルが始まる。インドの隊長がガッツポーズの姿勢をとると、負けるものかとパキスタンの隊長が拳を掲げる。一方がかかと落としをすれば、もう一方も高さを競って宙に足を振り上げる。そのタイミングは阿吽の呼吸で、まるで社交ダンスを見ているかのようだ。

もうずっと思ってたけど言わせてほしい。君たち、仲良いだろ。

パキスタンサイドの応援も激しくなってきた。インド人も声を張り上げる。歴史が積み上げた不倶戴天の憎しみも、熱狂の渦のなかに吸い込まれてひとときの夢となる。僕たちはその重みを十分に理解していないけど、今この瞬間だけはインドもパキスタンも、スタジアムにいる全員が一つになって国家レベルの応援合戦を楽しんでいる。火薬庫よりもアツいバイブスが、この空間には充満している。

トランペットが鳴り響き、両国の国旗が降ろされていく。そういえばこれは降納式だった。国旗がするすると降りていく間、隊長たちは最後のデッドヒートを繰り広げる彼らは毎日のように儀式を繰り返しているのだ。言葉は交わさずとも、その間には見えない情のようなものが芽生えているのではないか。そう思わずにはいられないほど、絶妙なコンビネーションだった。国旗が完全に降り、門が閉まる。兵士たちがそれぞれの国に戻っていくその刹那。

両国の隊長が、握手をした。

一瞬ではあったが、世界で最も憎しみ合う両国の隊長が、固い握手を交わしたのだ。

僕は広場にあったモニュメントを思い出した。串刺しになってはいたけど、あの握手はやはり友好めいたものを表現していたのではないか。イベントが終了しても、会場のどよめきがおさまることはない。パキスタンサイドも同様だ。大人も子どももその表情は晴れやかで、今しがたの記憶を熱心に語り合っている。

もうこのイベント、世界中でやろう。隣国への憎しみを、歓呼の叫びに変換しよう。世界中の国境で振り上げられた足が天を突いた時、もしかしたらほんの少しだけ、世界は優しくなるかもしれない。

(了)