企業の現金の動きを分析する上で必須となるのがキャッシュフロー計算書(CF)だ。特集『現場で役立つ会計術』(全17回)の#9では、成長著しい日本の新興IT企業2社、マネーフォワードとSansanのCFを分析し、それぞれいかにビジネスモデルと密接な関係にあるかを浮き彫りにした。(中京大学国際学部教授 矢部謙介)
「勘定合って銭足らず」を避けるべく
現金の動きを見るために重要なCF
会社における現金の動きを分析する上で必須の財務諸表が、キャッシュフロー計算書(CF)だ。CFに表示されているのは、その名の通り1年間を通じた現金の収支だが、なぜCFが重要なのか。
「勘定合って銭足らず」という言葉がある。これは、損益計算書(PL)上では利益が出ていても、現金が足りなくなっていることを意味する。会社の経営を安定させるためには、支払いに充てられる現金が十分に足りていることが重要だ。CFでは、こうした現金の動きを見ることができる。
CFは、大きく「営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)」「投資活動によるキャッシュフロー(投資CF)」「財務活動によるキャッシュフロー(財務CF)」の三つのパートに分かれている。
一つ目の営業CFは、会社の本業でどれだけキャッシュフローを稼ぐことができているのかを示している。会社が長期にわたって存続していくためには、本業でキャッシュを稼ぐことができなければならないから、通常は営業CFがプラスであることが必要だ。
二つ目のパートである投資CFは、固定資産や有価証券の取得および売却に伴う現金収支が示されている。一般に、成長期の会社では投資CFのマイナス額(純投資額)が相対的に大きくなり、成熟期の会社では相対的に小さくなる傾向がある。
三つ目の財務CFには、借入金や社債、新規の株式発行(増資)による資金調達に伴う収入、借入金返済や社債の償還、配当金の支払いなどによる支出が表示される。成長期の企業では投資がかさみ、資金が不足しやすくなるので、それをカバーするために財務CFはプラスになることが多い。一方、成熟期の企業ではキャッシュリッチ(現金が潤沢)になりやすく、余剰キャッシュを借入金の返済や株主への還元に回すために、財務CFはマイナスになる傾向がある。
営業CFと投資CFを足したものを、「フリーキャッシュフロー(FCF)」と呼ぶ。FCFは、アマゾンがKPI(重要業績評価指標)としていることでも有名だ。成熟期の企業では、FCFがプラスになり、成長期の企業ではマイナスになることが多い。FCFがプラスであるということは、事業に必要な投資を行った上でも、借入金の返済や配当金の支払いに充てられる現金が生み出されていることを意味する。一方、FCFのマイナスが続く場合には、財務CFでキャッシュの不足分を補わなければならない。
ところで、なぜPL上の利益とキャッシュフローは一致しないのか。大きく分けて、「(1)PL上は費用なのに、キャッシュフローには影響を与えない項目」と「(2)キャッシュフローには関係するのに、PL上の費用とならない項目」の二つがあるからだ。
(1)の代表格としては、減価償却費が挙げられる。減価償却費は、有形固定資産の価値減少分をPL上の費用として計上したものだが、実際に誰かに対して支払いを行うものではないので、キャッシュフローには影響を与えない。
(2)の代表例として挙げられるのは、「棚卸資産の増減」「売上債権の増減」「仕入債務の増減」などだ。これらの項目は、キャッシュの増減には影響するが、直接的にはPL上の費用にはならない。この点については、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)を解説した本特集#7『アップルと倒産NOVAの意外な共通点、「キャッシュ重視経営」巧拙の要諦』で詳しく説明しているので、そちらも参照してほしい。
それでは次ページ以降、デジタルトランスフォーメーション(DX)企業2社、マネーフォワードとSansanの財務諸表を使い、CFとビジネスモデルがどう結び付いているのか見てみよう。