初の著書『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』が、「コロナ禍の今読めてよかった」「無性に旅に出たくなった」「何度も笑って、最後に泣いた」など大絶賛を受ける岡田悠さん。「遠くに行かなくても旅はできる」と語る岡田さんは、「日常を非日常にする達人」です。どんな視点で世の中を見ると、面白いアイデアが浮かぶのか? 会社員兼ライターとして活躍される岡田さんに、ネタ発想の方法について聞いてみました。(取材・構成/川代紗生)
「おもしろセンサー」の磨き方
──会計ソフトの会社で働きつつ、ライターとしてもご活躍されていますよね。限られた時間で執筆時間を確保するのって、すごく大変ですよね。
岡田悠(以下、岡田):大変じゃないです。
──え!
岡田:趣味なので楽しくやっています。むしろ、いい息抜きになってます。普段は開発の仕事をしていて、がっつりロジカルに考えてばかりなので。普段とは違う頭の使い方をしているからか、ちょうどいいバランスを保てていると思います。
──『エアロバイクをGoogleマップに連携して日本縦断の旅に出ます』『「一年後の自分への手紙」が届かないので探し回った話』など、岡田さんの記事は「どうしてこんなこと思いつくの!?」とびっくりしてしまうようなネタばかりです。「日常をコンテンツ化する」のが本当にお上手だなと思うのですが、ネタのストックなどはされているんですか?
岡田:面白いことを思いついたときに、メモはするようにしていますし、いろいろな企画を同時進行で走らせています。そのなかから面白くなりそうなものだけを記事にする、という感じで。記事にするとかはとくに考えず、趣味として個人的にやっていたことが結果的に記事になった、ということもよくあります。『近所の寿司屋のクーポンを記録し続けて3年が経った』という記事もそうでした。当時は文章を書いてnoteにアップするという習慣もなかったので、ただ本当に趣味で記録していました。
──どんなときにアイデアが浮かぶんですか?
岡田:常に考えていると思います。時間をとって「よし、今から考えるぞ!」ということはあんまりないです。もちろん、人と話しているうちに思いつく、ということもあります。
あとは、文章を書くことによって、日常の見え方がより深くなっているな、というのは感じます。書いていると記憶を反芻できるので、内省できるんです。本格的に記事を書くようになったのはここ数年ですが、旅に行って得た情報をブワーッと日記やSNSにアウトプットする、というのは昔からよくやっていました。「書く」ことを前提にすると自分の「おもしろセンサー」も働きやすくなるので、そういった意味でもアウトプットする習慣は続けています。
1988年兵庫県生まれ。ライター兼会社員。有給休暇取得率100%。そのすべてを旅行に突っ込み、訪れた国は70ヵ国、日本は全都道府県踏破。note、オモコロなどのwebメディアでエッセイを執筆し、旅行記を中心に絶大な人気を博す。本書収録のイランへの旅行記で「世界ウェブ記事大賞」を受賞。『0メートルの旅』が初の著書。
「日常」を「非日常」にする3つの方法
──岡田さんは私にとって「日常を旅にする達人」なんですよ。
岡田:ありがとうございます(笑)。
──普段、どんな視点を持って生活してるんですか?
岡田:たとえば、会社の帰り道にいつもと違う道を通ってみるとか、いつもの日常のパターンを崩してみるとか、それだけでも見え方はずいぶん変わってきます。
寿司屋のクーポンの記事を書いたときも、はじめは「寿司屋から毎週送られてくるクーポンを使い、寿司を食べる」という「消費行動」だけでした。でも、そこから視点を変えて「来週はどのネタのクーポンが来るんだろう? サーモン? ねぎとろ? えんがわ?」「もしかして、配布されるクーポンには規則性があるんじゃないか?」「当ててやるぞ!」と、「消費」からちょっと積極的な「創造」に態度を変えたら、思いもよらないクーポンの周期性を発見できたんです。
日常に1つルールをプラスしてみる
──「日常のパターンを崩してみる」ですか。日常のパターンって、自分でもなかなか気づけないですよね。
岡田:いつもの日常に、一個ルールをプラスするだけでも、楽しみが増えると思うんです。
たとえば、「1週間、江戸時代の古地図に書いてある道しか通らない」というルールを課して生活してみたことがありました。江戸時代の古地図で現在地を確認できる「大江戸今昔めぐり」というアプリがあって、タイムトラベルしたみたいですごくおもしろいんですよ。
──今目の前にある道がなかったりする?
岡田:はい。目の前に道があるのに、古地図では川だったりとか。みんなが歩くいつもの道と、僕だけに見える道の2つのルートが交差して、見慣れた景色が200年前へと接続されていくような感覚がありました。近所や普段歩いている道だったとしても、Googleマップの最短ルート以外の道を通ろうとするだけで、新しい発見があるんですよね。
「想定外」を見逃さないように「仮説検証」する
岡田:あとは、「仮説検証」もよくやってますね。「これはなぜ〇〇なんだろう?」「次は何が起こるんだろう?」と問いを見つけたら、それに自分なりの仮説を出してみて、その仮説が当たっているのかどうかを時間をかけて検証してみる。
──たとえばどういうことをやってるんですか?
岡田:たとえば、近所にあるラーメン屋によく通っているのですが、日によって半ライスの量が違うんです。いつも半ライスを頼むんですけど、ときどき半ライスの量がめちゃくちゃ多い。「これ、あきらかに普通盛りサイズだろ」と疑問に思って。
そこで、「これって本当に半ライスなのか?」「半ライスってなんだ?」と気になって、気になりすぎて、ネット上から「半ライス」の画像をめちゃくちゃたくさん集めてきて「半ライスかどうかを判定するAI」をつくりました。
──えええええ
岡田:その店の半ライスの写真を撮って画像をアップしたら、AIがその画像の半ライス指標を点数として出してくれる、という仕組みなんですけど。そこから、店員さんのようすや時間帯も含めて観察して、どういうときに半ライスが多いのか、仮説をいくつか出してみたりして……。
そんなふうに、何か「いつもと違うこと」を見逃さないように生活していると、面白いことが見つかります。「この半ライス、明らかに普通盛りだろ! どうして?」みたいに、予想もしていないことが起きたときにこそ、面白さの入り口があると思うんです。
(※編集部注:この半ライスを巡る旅は、「そのラーメン屋は、半ライスの量がたまに多い」という記事になって公開されています。)
「定点観測」してパターンを考察する
──「仮説検証」以外にも、やってらっしゃることって何かありますか?
岡田:いつもと同じ道に「時間という変数」を足してみる、というやり方もよくやっています。いつもの通り道で出会う人とかものを、何か1つ定点観測してみるんです。
──最近では、何を定点観測されているんですか?
岡田:近所の整骨院の前に置いてある骸骨の人形です。その骸骨、よく洋服が着せ替えられてるんですよ。季節によっていろいろな服を着せられてて。僕は毎朝必ずそれを見て写真を撮っています。
──想像するとシュールです。
岡田:何か1個、「これをずっと見るぞ」と決めると、その場所を通るのが楽しくなるんですよね。今日はどんなものがあるんだろう? 次はどうなっているんだろう? ってパターンを考察するようになったり……。そんなちょっとした工夫だけでも、日常が面白くなってきます。
15年で70ヵ国以上まわって行き着いた「旅の正体」
──岡田さんは、『0メートルの旅』の中で「南極でも部屋のなかでも、どこにいても旅はできる」と書かれてますよね。岡田さんにとって、「旅」っていったい何なのでしょう。
岡田:「旅とは何か」は、僕にとっての長年の問いでした。大学1年生の夏休みにモロッコへひとり旅をして以来旅にハマって、15年間で70ヵ国以上を訪れてきたけれど、結局のところ旅って何なのか?遠くへ、もっと遠くへと旅を続けているけれど、このまま遠くを目指し続けて、いったいどこへたどり着くのだろう? はじめて旅に出たときの胸の高鳴りを今も同じように感じられているのか? という問いがずっとありました。
あらためて問い直してみたときに、ふっと浮かんだのは、小学生のころの「道くさ」の記憶でした。道路に引かれた白線の上から落ちないように、両手でバランスを取って綱渡りみたいに歩いてみたり、カマキリの死骸をせっせと運ぶ蟻の大群を追いかけてみたり……。「家に帰る」という目的なんか忘れて、目の前にあらわれたものに夢中になっていた。あの瞬間は、まさしく「旅」だったなと。
僕は、旅とは「定まった日常を離れて、どこか違う瞬間へと自分を連れていくこと。そして、違う瞬間へ行ったことで鮮やかに感じられるようになった日常へまた回帰すること」だと思っているんですね。
『0メートルの旅』という本のサブタイトルは「日常を引き剥がす16の物語」なんですが、旅って「定まった日常を引き剥がしてくれるもの」だと思うんです。
いまはこういう時期で、なかなか海外にも行けない日が続いていますが、どこにいても、ちょっとした工夫で日常を引き剥がすことはできる。旅は生み出せると思うんです。
予定通りにいかないことを受け入れた瞬間とか、偶然の巡り合いに心を奪われた瞬間とか。どこへ行こうとも、予定も目的も固定概念もすべて吹っ飛ばして、いま目の前にある0メートルを愛すること。
それが旅の正体じゃないかなと、僕は思っています。(おわり)
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