消費者ニーズが目まぐるしく変化するマーケットでは、確立した事業であっても拡大し続けるのは容易なことではありません。グロースキャピタルならではの切り口で、スタートアップの将来性を見定める「既存事業の持続的な成長余地」について考えます。

スタートアップのポジショニングに見る「既存事業の持続的な成長余地」Photo: Adobe Stock

マーケットの質的変化を捉え、能動的にTAMを拡張する

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):グロースキャピタルがレイトステージのスタートアップと接する際に重視するポイントの一つに、「既存事業の持続的な成長余地」があります。

レイトステージのスタートアップともなると、事業の複線化に向けた構想や、よりアップサイドを狙った新プロダクトのプランもあったりするものですが、こうしたプランの遂行も、既存事業の持続的な成長があればこそ成立するケースが多いんじゃないでしょうか。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):上場時点ですべて売却するプレイヤーであればともかく、長期投資を志向する投資家にとっては、既に顕在化している市場だけでなく、その先にどの程度の潜在的な可能性があるかがより意味のある論点であるということですね。

朝倉:この点、レイトステージの段階になると、これまでの実績や事業のフィードバックを受け、自分たちのマーケットへの理解も、それなりの手触り感を伴って深められているはずですから、巡航速度での成長余地についてはそれなりに見えているものでしょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうした連続的成長を突き抜けてさらに大きく成長しようとすると、何らかの追加的な切り口が必要になります。

例えば小規模事業者を中心に事業展開していたところから、大規模事業者を顧客開拓していくとか、新しいプロダクトをアップセルするとか、新しいユーザー層を獲得するとか。いろいろと新たに試みることが必要になります。

小林:こうした新しい試みをするためには、マーケットの質的変化に対応する、会社のコアコンピタンスのシフトも欠かせません。例えば、創業期は営業力で伸びていた会社が「今後はプロダクトで競争していかなければいけないので、エンジニアリング力を上げる必要がある」とシフトするといった試みですね。

村上:こうした変化を実現することで、現実的なTAM(Total Addressable Market)を能動的に拡張していく必要があるということですね。すでに獲得している市場から、さらに獲得しうる市場をどれだけ広げられるか。この辺りの余地を、入念に見極めていく必要があります。

競争環境やニーズの変化を見極められるか

朝倉:TAMの捉え方は、会社のフェイズによって大きく異なるものです。例えば、シード期のスタートアップを集めたアクセラレーションプログラムのピッチでは、「我々が想定しているTAM(Total Addressable Market)の規模感はこれくらいです」と紹介されていることがよくありますが、もはやほとんど意味をなさないような大きな数字を示すケースもあれば、逆に随分と小さいサイズ感にとどめているケースもあります。

初期のスタートアップにとっては、どうやってTAMを見積もるか、どう伝えるかは頭を悩ませる点でしょうね。

小林:好調なスタートアップの場合、初期はアーリーアダプターがプロダクトを盛んに使っており、特定層にはプロダクトマーケットフィット(PMF)していて、ものすごい勢いで成長力していくということがよくあります。

しかし、概して、売上高が10億円くらいで頭打ちになり、100億円を狙うには全く違うマーケットに行かなければならないというプロダクトが少なくありません。

朝倉:初期の「Airbnb」のピッチ資料で、自分たちが取り得ると言っていたマーケットの規模は8000万ドル余り。日本円にして100億円弱、80億円から90億円程度のサイズ感を想定していたという有名な話があります。結果として、今の規模感を思えば随分と控えめな見立てだったわけですが、やはり最初は、これくらいの精度にならざるをえません。

そうしたこともあって、初期のスタートアップの場合、「市場規模を精密に考える意味はない」ともよく言われます。シード期のスタートアップにとって「事業計画を書く意味はない」と言うのと同じ意味合いでしょうね。

村上:そうしたシード期と比べ、レイトステージのスタートアップの場合、想定し得るマーケット規模を把握する精度は往々にして上がっているはずです。

小林:反面、経営者が自社の事業進捗について盲目的になり、業界やマーケットの質的な変化に対する感覚が鈍いケースもあります。

マーケットが広がる中、どこで質的変化が起きるのか、その変化が起きたときの競争環境はどんな状況で、ユーザーのニーズは何か。それらを論理的に見極められる解像度の高さは、その会社がマーケットを取れるかどうかを大きく左右することになると思います。

競争優位性を発揮してシェアを広げる

村上:「これから自分たちが0からマーケットをつくっていく」というシード期のスタートアップと異なり、レイトステージのスタートアップであれば、シード期より豊富な情報とトラックレコードに基づいたうえで、マーケットを広げられる現実的な余地というものを示していかなければなりません。この点、時には、マーケットがどの程度拡大しうるのか、どのような非連続な変化やチャンスがあるのかについて十分な見通しや、市場環境の再点検を行っていない経営者をお見受けすることもあります。

小林:単に上場するだけなら、売上高10億円で利益率20%というレベルでも構わないのかもしれません。しかし、上場後も継続して事業を拡大したいと望むのであれば、それでは不十分でしょう。

朝倉:マーケットの規模、サイズ感と同様に重要な観点は、想定される市場の中で、どれだけのシェアを取れるかです。以前にも話した競争優位性も加味して、こちらも見極めるひつようがあります。

村上:成長の過程で「対象市場はこれくらいある」ということを詳しく解析できるようになっている会社であれば、マーケットのシェアについても「現実的に取れる数字はどの程度だ」といった議論が精度高くできるようになっているものでしょう。

この点、「現実的に取れるシェアはどれくらいなんだ」という議論を行ううえでは、前提として競合環境も見えている必要があります。

「競争優位性で勝ち抜けるか」「想定されるマーケットの各セグメントで、自社と違う強みがあるプレイヤーを切り崩せるか」といった論点を、成長ストーリーに織り込んで考えて然るべきでしょう。

朝倉:大きく成長し得る可能性を秘めたマーケットの中で、存在感のあるシェアを得ることができるか。競合と比較されても競り負けない、本質的なプロダクトの価値があるかどうか。持続的な成長余地を見定める上で、競争優位性は欠かせない観点でしょうね。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:岩城由彦 記事協力:ふじねまゆこ)、signifiant style 2020/12/27に掲載した内容です。