高橋:例えばモロッコだと、マラケシュの街の音を録音して、あとから聞き返す。すると、その時は気づかなかったロバの足音が聞こえたり、新たな発見があるんです。その音をハードディスクに溜めてあるんで、お風呂に入りながら聞いたりしてます。
岡田:音楽好きな高橋さんらしい楽しみ方ですね。日本でも録るんですか?
高橋:録ります。例えば同じ渋谷でも、道玄坂とスクランブル交差点の音は全然違うんですよ。歩いている人の数や速度も違うし、店舗のBGMも違う。電車でも山手線と東横線は違って、東横線は地下に入る時に「ゴーッ」って音がするんですよね。
岡田:音という観点で街を切り取るのかあ。高橋さんの本に「旅の目を開く」という言葉がありましたが、「旅の耳を開く」というか、高橋さんの旅にはいつも音がセットであるんですね。
高橋:はい。寒い国では寒い音楽が合います。冬のクロアチアではシガー・ロスを聞く。
岡田:その土地で飲む現地の酒はうまい、みたいな話ですか?
高橋:まさに。レッチリはやっぱりカリフォルニアで聞くのが一番です。カリフォルニアが難しかったら、千葉の海岸線なんかもいいですね。
岡田:レッチリは千葉。覚えておきます。
高橋:岡田さんは最近どういうふうに過ごしてますか?
岡田:本の中で「近所の寿司屋のクーポンを3年間記録する」というパートがあるんですけど。そういう観察が好きで。定点観察していると、異常値に気づくんですよね。いつもと違う、という状態を日常に発見できる。それって、広義だと旅じゃないかって僕は思ってます。
高橋:最近はどんな観察を?
岡田:音つながりで言うと、近所の工事がうるさくて。でもずっと聞いていると、ドリルの音が「ガッ」と「ガー」との2パターンあることに気づいたんです。だから、それをモールス信号に変換しています。
高橋:モールス信号! どういうことですか?
岡田:モールス信号って「トン」と「ツー」で構成されているので、それを「ガッ」と「ガー」に置き換えたらどうなるのかなと思って。
高橋:なるほど! なにか発見ありました?
岡田:めちゃくちゃな文字列ばっかり並ぶんですけど、この間、偶然「さかな」という単語が出来上がりました。
高橋:すごい!
岡田:その日は魚を食べました。
高橋:(笑)
旅人は、日常の予定調和を壊す
高橋:この対談の前に、好きな旅の本を紹介しようって話になりましたよね。
岡田:それでお互い持ってきたのが、どちらも沢木耕太郎さんの『深夜特急』。しかも紹介したいのが第一巻・第三章の「賽の踊り」っていうところまで一致してた。
高橋:ある意味ど定番ではあるんですが。でもとにかく面白いんですよねえ。いますぐどこかに行きたくなる。
岡田:この「賽の踊り」って、マカオでギャンブルにハマるという話で、「ザ・旅行記」って感じではないんですよね。珍しい場所なら他にもいっぱい出てくるのに、なぜかこのエピソードに一番惹きつけられる。
高橋:沢木さんの本って、いわゆる珍道中記ではないんですよ。なにが起こったのかより、沢木さんがどう感じたのかが面白い。だからこそ読者は夢中になるのだと思います。
岡田:「賽の踊り」で言うと、本当はまだ日本を出発したところで、ギャンブルなんてやってる場合じゃない。
高橋:これから長い旅路が待ち受けているのに、もうここで全財産をはたいてもいい、ってほどのめり込むんですよね。
岡田:予定通りにならなかったり、いまその瞬間に没頭したり。それってまさに旅だなあと。それをギャンブルで表現できるのがすごいんですが。
高橋:同じ景色を見ても、同じことを感じるとは限りません。だから旅行記は、作者がどう世界を見てるのかがわかって、おもしろいんだと思います。
岡田:そういう意味では、日常をどう見るのか、という話にもつながりますよね。
高橋:私、コロナ禍になってから、旅をもっと身近に感じるようになりました。近所でも、結構知らない道ってあるんですよね。それをよく見つけるようになったんです。
岡田:普段スマホで最短ルートを歩いていると、知らずに通り過ぎてしまう景色がたくさんありますよね。
高橋:それに比べると、子どもって道を見つけるのがうまいなと思います。子どもの頃はしょっちゅう新しいルートを開拓してた。
岡田:子どもは旅の達人ですよね。
高橋:「迷ってからが旅の始まり」という話をしましたが、迷うことが難しい時代だなと感じます。
岡田:いろんなものが便利でそれは最高なんだけど、ともするとただ同じ景色を見せられる危機感みたいなものはあります。
高橋:便利だから、ついつい流されちゃいますね。
岡田:インターネットでもそうです。カスタマイズされた広告に追跡されるのがなんだか嫌で、わざと要らないものを検索しまくって、それで広告欄を埋めたりします。最近だとアメリカの芝刈り機をたくさんクリックして、画面を芝刈り機で埋めました。
高橋:それ、実は私もやります。ゴマばっかり調べて、ゴマで広告を埋めてました。
岡田:こんなところに共通点があるとは。
高橋:やってやった、みたいな気分になります。
岡田:「どうやって予定調和を崩すか」を考えるのは、旅人の性なのかもしれません。